
「町内会の集金が“誰か”に盗まれた」
当時町内の集金当番だった実家の母が父に言った。
ちょうど2年ほど前の夏。
母の認知症の始まり、だった。
父が町内会役員に連絡を取り、なんとか町内会の集金は見つかったが
その時から父が母の異変に気づき始めた。
認知症の一つに「物取られ妄想」というものがある。
それまで1年に一回だった帰省を
実家に夫と二人で月に一回帰ることにしている。
この2年で、
物取られ妄想は、その一件からは際立ってないようだが
スマホがなくなった、キッチンの食材の点在と献立のワンパターン、約束を忘れる。など。
母自身が不便を感じていることも増えている。
昼食のセッティングをスムーズにするため
30分前に「ご飯を炊いておいて」と電話口で母にお願いしておいたが
私が実家に到着した時には、炊飯器の中は空っぽ、なんてこともあった。
そこで私もやっと「ああ、そうだったか。母は認知症なのだ」と理解する。
忘れ物が増えたり複雑なことを考えることができなくなる。
一緒に住んでいる父とは軽い口喧嘩をすることも。
思うようにいかないもどかしさは、父も母もお互い様。
一方は体が動かず、一方は頭が動かず。
「足して一人分」と父は笑って、私たちによく話す。
週3でヘルパーが調理など、
月2/週1で医師、看護師、
不定期でケアマネージャーなどの医療介護のプロたちに自宅に訪問してもらう。
月に1回の私たちの訪問では「足りない」「私ばっかり」とも思わない。
私には弟が二人いるが、離れた場所にいるので盆と正月くらいしか帰省できない。

親とはいえ、自分たちの生活の方が大事だからだ。
両親とは付かず離れず、の関係でちょうどいいと思っている。
むしろやっとここにきて、親と向き合っている感さえある。
心配なことも無いとはいえないが、それでいい。
離れているから優しくできる。
子育てが終わったら介護。
友人とも話題になるテーマであるが、
子育てを経験したから「こそ」介護もできる、と思っている。
年老いていく親が、まるで“赤ちゃん”に還ってきているようである。
髪や歯は無くなりつつあり、足腰は衰え、できないことも増え。
一時期は父親のオムツを母と無心で替えたことがある。
サイズ感は違えど、オムツの仕様は手慣れたもの、だ。
母の認知症に至っては、直近のことはすぐに忘れるも
過去の幼少期などの話は、こちらが驚くほど鮮明に記憶している。
「あの時〇〇ちゃんて子がうちに来てね・・・」
そんな思い出話を聞く。
自分の生んだ子供たちを育て、年老いた親を介護し。
血の繋がっていない私の夫が一緒についてくれるのも心の支えだ。
反対に夫の親にも優しくできる、という好循環も生まれる。
何も恐れることはないと、自分自身へ断言したい。
いつしか自分も通る道なのだ。
今できることを精一杯やるだけ、なのだ。