
信じるのは自分だけ?
ノックの音が自分の知らなかった世界を呼び込む。
『ノックの音が』
星新一 著
新潮文庫
星新一、といえばショートショートの代名詞。
星氏、生誕100年、だそうだ。
知らない人はいないだろう。
書店でフェアを開催しており、思わず懐かしさと共に再び読んでみたくなった。
20代によく読んでいた星新一の本である。
6年前にコロナ禍になり、
家から一歩も出ることができなかった長男から
「図書館で星新一の本を借りてきて」
とリクエストがあったのも、この頃。
図書館に出向き、
いくつかの本の中で、手に取った一冊であった記憶がある。
年を跨いで、世代を超えて、短編小説だから読みやすい。
それだけではない。
今回久しぶりに読み、秀逸なセンスだと改めて思った。
「ノックの音がした」
15作ある、どの作品もこの一文から始まる。
『あとがき』で星氏は
「ブザーではなくノックにした」と記されている。
p199・・・・・
しかし、ノックとブザーでは、どこか感じ方がちがう。
ノックだとよくも悪くも、人間的な何かがある。たたき方によって、訪問者の見当がつけられる。
ブザーだと電線なるものが中間にあって、人間性がうすれてしまう。
・・・本文より抜粋・・・・・
確かに突然の訪問者に対して、主人公たちは
ノックやその後に続く挨拶に敏感になり、想像力を膨らませ、
これから起こる何かを楽しみにしているようでもある。
さらに訪問者によって、状況が一転する。
大どんでん返しが待っている。
主人公の気持が次第に壊れていく。
着地点は違えど、どの作品も人間の愚かな部分を露呈した、
風刺とも取れる、実に小気味のよい終わり方、である。
今朝の情報番組で
『JR四ツ谷駅の除草作業でヤギを使って、
駅の周りの雑草を食べさせ掃除した』とのこと。
画面には旧斜面にある雑草をヤギがむしゃむしゃ食べている。
突如現れた2匹の名前のついたヤギ。10月初旬から取り入れたそう。
通りすがりのサラリーマンや学生たちが嬉しそうにテレビのインタビューに答えていた。
朝から、なんともほっこりするニュースである。
都会のど真ん中にヤギ。とてもいいアイデアだと思った。
とかく
フツーだったら、前例に倣って、多くの意見を優先させがちである。
けれど、きっとこのアイデアを取り入れたのは
意外性もさることながら
人間では難しい斜面の除草だったり、人を驚かせるユーモアだったり。
でも、地域によっては今でもあるだろう。
かつて人間がヤギをこうやって使っていた事を忘れている、だけなのだ。
人間の心が動くのは、こんな足元を見落とした時に
目の前に現れるちょっとした出来事、なのかもしれない。
話が飛んでしまったが、
星新一の本もまた、このエピソードに通じる。
自分を過信して何かを置き忘れていないだろうか、と。