
「その格好、いいね」
朝洗濯物をベランダに干し、リビングの掃き出し窓を開け戻った際、突然夫に声をかけられた。
結婚26年目。
結婚して初めて見た目のことを褒められた。
たまに着ているファッションなのだが、これまで気が付かなかったのか。
それもそのはず。彼自身ファッションに疎く、
ここ最近の気温が下がる朝「さぶっ」と言いながら半袖のポロシャツを着て出勤する、おじさんだ。
普段は私の顔がすっぴんなのか化粧をしているのかどうかも「よくわからない」人なのだ。
(そんなはずは無い・・無い!のだが)
しめしめ、と気が付かない夫を横目に
欲しかった服をこっそり買うことも、よくある。
私にとって都合のいい、“鈍感さ”でもある。
あまりに褒められ慣れていないので
「どうした?!何かあった?」と言い返した。
夫婦関係、親子関係、またはビジネスの上司と部下でも。
往々にして「褒める」ことはお互いが成長するために良し、とされている。
褒められて嫌な人なんていないでしょう?と思いきや、嫌な人が夫なのだ。
信じられないかも知れないが
褒めることを「良し」としない。
付き合い始めた時からそうだ。
さらには妻の私に対してだけでなく子供達に対してもそうだ。
私が子供のことを褒めると「そうかな」と言わんばかりに首を傾げる。
また夫婦でありがちな「ありがとう」の感謝の言葉も大切にしない。
「ありがとう」というと、まんざらでもない嬉しい顔をするもんだろうが、
言われても夫は全く表情を変えない。
当然「ありがとう」を見返りで求めても返ってこない。
夫から「ありがとう」という時はあるが、あまり口にしない。
操縦が難しい、のだ。
ここまで書くと
かなりの捻くれ者に見えるが、自分に正直な超現実的な人間なのだ。
感情で動かない。
事実で動く。
以前は「何でわかってくれないの?!」と理解を求めたことは数知れず。
家事や育児で家の中がバタバタで一人で抱え込んでいたのもこの時期だ。
それは、私が感情でモノを言っていたから。

けれども、いい加減学習した私は、ある時から戦略を変えた。
「オムツがあと5枚だから帰りに買ってきて」
「部屋数が足りないけれど子供部屋どうしたらいいと思う?」
「これから両親が施設に入居したら何がどう変わる?」
あれだけ上っ面な「ありがとう」を嫌がっていた夫が嫌な顔をせずオムツを買い、後味も悪く無い。
子供部屋を仕切るために相談の末、夫がスチールラックで部屋を仕切る方法を編み出した。
彼自身両親の施設を調べ上げ、私たち夫婦がいつでも見舞いに行ける環境を優先した。

裏付けに基づいた事実を何より好む夫には、
困りごとを、
「数」で「具体的」に「相談」すると俄然威力を発揮した。
夫婦は似てくる。
ただ私が夫に「寄った」だけでは無い。
夫もまた私に「寄って」きた。
朝食の食器を洗う際、気が付けば隣に洗った皿を夫が布巾を片手に拭き始める。
そこには言葉など一切ない。
ただ黙々と二人で手を動かす。
当たり前と思ってはいけない。
なのだけれど。
ステレオタイプの
愛情を「言葉を尽くせばいい」とも思わせなかったのが、我が夫なのだ。
言葉で表現できないのなら、行動で示す。
表現の方法は一つではない。
いつも通りに
「ありがとう」と嫌味っぽく夫に伝える、私だった。