
ネガティブは悪いこと?
「学校が嫌だ」
「定期試験が嫌だ」
「男子がうざい」
我が家の女子(中2)は、家庭内でよく口にしてはため息をつく。
彼女の上の3人の兄たちは学校のことを
(こちらから聞いても)ほとんど話さない子達、だったので、ある意味「新鮮」だ。
親である私たち夫婦は、
彼女の言葉を額面通りに深刻には受け取らない。
特に彼女の理解者でもある夫は
「口に出して発散するタイプなんだよ」と言っている。
最初のうちは「学校が嫌」と言われた時は、ドキッとしたこともあるが
もうかれこれ4年以上は週に何回かは言っていることもあり、慣れた。
「嫌だ」と言う言葉自体よりも、発散することに重きを置く。
子供によるが、特に我が家の娘は「発散したい」性分らしい。
「じゃ、(学校)休む?」と言っても、実際にはこれまで休んだことはない
何か言いたい時は「それで、どうした?」と基本的に話を聞く。
時に同調して悪口を言う。
出し切った後に、一番最後にこちらの思っていることを言う。
アドバイスも何もいらない。
親でなくても、友人でも、もしかしたら誰でもいいのかもしれないが、
家庭内だけで完結している部分はある。
ある人と話すことがあり、
「家には外の愚痴を持ち帰らない」
「子供の前では人の悪口を言わない」
と言う人がいて、驚いたことがある。
何を隠そう?
娘以上に私は
ネガティブなことを家に帰り、言いまくっているからだ。
清らかな親(妻)でも、正しい親(妻)でも、なく
ドス黒いドロドロした心を家庭内で発散している、と言ってもいいだろう。
とはいえ、愚言を聞いているのは夫だけで、
子供たちは「また始まった」とばかりに
露骨に嫌な顔をする子もいれば、知らんふりする子もいる。
夫とてわたしの愚痴にはキッパリと「それは違う」「言い過ぎ」と反論する時がある。
しかし、この悪口ってやつは、妙に盛り上がる時がよくある。
人の悪口をつまみに、テーマを掘り下げる。
「どうしてあの人は、ああなったんだろうね」
「それは多分幼少期からだよ。親の愛情不足だ、きっと」
「じゃあ、その親もまた同じような育てられ方したのかな?」
「そうだよ。そう思う」
などなど。オチがある時もない時もある。
全部、起きた出来事(結果)からの、推測に基づいた会話。
想像力を働かせ、自分の都合のいいように解釈し着地する。
当然口外はしないが、
思っていることを全部毒出して浄化させている。
ああ、スッキリ。
よく寝られる。明日からがんばろうっと。
悪口を言った後は後腐れなく、間違いなく次への活力になる。
私にとって家庭は「清らかな場所」ではない。
口喧嘩もするし、イライラするし、落ち込むことだってある。
もちろん逆も然り。
落ち着く空間は常に作りたいけれど、
現実はドタバタだ。そんなものだけではない。
「居場所」と、よく言うけれど、
単に穏やかな聖らかで美しい場所だけでもないような気がする。
もっと現実味を帯びた、闇の部分を灯してくれるような、そんな場所。
子供だけでなく、大人だって
ドロドロした暗いものは、一体どこで発散すりゃいいってのよ?!と突っ込みたくなる。
行き場をなくした悪口はどこに向けられるのか?
それとも聖人のように何事も清らかな心で過ごせるだろうか?
いや、無理だ。私には。