
仕事帰り帰宅してへとへと。
「お腹すいた」が。
私には家事が待っている?!
山になった洗濯物を横目に慌ただしく夕飯の支度をする。
部屋から一歩も出ない子供にイライラが募る。
出来上がったお皿を並べなからも、
自分は残った「タスク」に手をつける。
子供と一緒に食べりゃいいのに、だ。

空腹は最高のスパイス、ではなく
空腹は最大の怒りを生む。
以前、読んだインタビュー記事か番組だったかで
料理家の栗原はるみ氏が、料理を作りながら
「お母さんって(たいていは)卵焼きの端っこ食べているでしょ」と
そんなニュアンスのメッセージだったと思う。
膝を叩いた。
そう、その通り!と。
お母さんは卵焼きの端っこの“見栄えの悪い”“あまりもの”を食べている。
家族のお弁当に入れるのは決まって美しい断面の卵焼き。
子供ファーストもいいけれど、我慢していないか?私たち?
出前のお寿司をとる。
家族の手を伸ばし終わった後に、好物かどうかはさておき
人気のない寿司タコや貝類に手を伸ばしていないだろうか。
子供がお腹いっぱいになった頃合いに、残飯整理のように腹を満たす。
ちなみに私の母は、我慢しないで食べたいネタを一番に箸を伸ばす。
幼少期〜20代の頃までなんとも思っていなかったことだが
母になってからの私は、この母の行動に強い違和感を覚えた。
しかも同じことをしていても、父には感じない。
私にも少なからずある、
「母はこうあるべき」という母への偏見。
で、冒頭の、帰宅後のイライラだ。
「何でこんなにイライラしてんの?意味わかんない」
子供に言われたことがある。
反論も虚しく
「じゃ、やることあるなら言ってよ」
こんなに身近にいる家族だれも、母の家事をやることを「気づいていない」それだけ。
気づいて、は構ってほしいワガママとも言うが、悪いことではない。
ただ伝え方を間違えれば、方向は一気に悪くなる。
“感情”とやるべき“タスク”を、ごちゃ混ぜにしてはダメだ。
自分に言い聞かせる。
予防線を張ること
「シンクの食器洗っておいて」
「洗濯もの取り込んでおいて」
これだったら帰宅中の電車内でもYouTubeを観てる暇があったら、できる。

一体何のために
体を張って
家事に子育てに仕事に、奮闘しているのだ?
これでは本末転倒である。
勝手に忙しくして、勝手にイライラするくらいなら
いっそのことワガママになっていい。
家族を振り回してもいい。
卵焼きの真ん中を食べてもいいし、
子供と張り合って一番乗りで寿司に手を出す。
空腹を満たすように、自分を満たす。
母さん元気で笑顔が
家族にとっては一番のごちそうだ。
こんな空腹でイライラしている私を「子供か?!」と嘲笑うのは他でもない、夫だ。