
人が生きて、死んでいくこと。
沢木耕太郎 著
『無名』
幻冬舎文庫
ノンフィクション作家である沢木氏の父との交流を描いた作品。
脳の出血で入院を余儀無くされた父。
父を見守るために家族交代で父との思い出/過去に触れていく。
この作品、初版が平成18年8月。
20年も前の話になる。
偶然にも沢木氏は私の両親と同じ昭和22年生まれ。
団塊の世代と言われた時代を生きた。
現在78歳の著者は20年前、50代のころ
ちょうど私たちが現在抱えている
親の病気や老いや介護、さらには自分の老いについて
実に細やかに丁寧に、そして素直に、心情を吐露している。
遡ること自分が30代の頃、
両親が祖父母の介護に携わっていたのを思い出した。
今は亡き祖父母との交流はあったが、どことなく“人ごと”だったことを、ここに告白する。
当時、特に専業主婦の母が
きょうだいの連絡や遠方に住んでいるため新幹線を乗って何度も見舞いに行っていた、と記憶している。
そんな中で心配ではあったが、自分の家庭もできたばかりで正直それどころではなかった。
「あなたはあなたの家庭を守って」
愚痴一つも言わない母が電話口で私への励ましを受け、後ろ髪引かれる思いで頷いた。
p59・・・・・・・・
「少し長く生きすぎてしまったかもしれないな」
この言葉に私は胸を衝(つ)かれた。八十八歳といえば現代においても長寿の部類に入るだろう。
確かに、長く生きたかもしれない。しかし、少なくとも、私が父が「生きすぎた」とは思えなかった。
もしかしたら父を老人とすら思ったことがなかったかもしれない。
(中略)
だが、そこには、たとえわずかなものであっても、自分の人生を無に近いものとみなす気持ちがあったように感じられた。どうにかして父の一生が決して決して長すぎなどしなかったことを父自身に知らせる方法はないものだろうか。
確かに、父は何事も成さなかった。世俗的な成功とは無縁だったし、中年を過ぎる頃まで定職というものを持ったことすらなかった。ただ本を読み、酒を呑むだけの一生だったと言えなくもない。無名の人の無名の人生。だが、その無名性の中にどれほど確かなものがあったろう‥‥‥。
・・・・・本書より抜粋・・・・・・・・
両親が老いていく姿を目の当たりにした、
何年か前あたりから
皮肉なことに親孝行というものを
ここに来て意識するようになった。
こうならならなければ、思わないこと。
いつでも元気な親でいると勝手に思い込んでしまう。
子供というのは、親のもとではいつまで経っても能天気なのだ。
沢木氏が病床に伏せている父のために、
父の唯一の趣味であった俳句集を作成するために、東に西に奔走する。
しかし、最後には愕然とする。
「これは本当に父が求めていたことなのか?」と
答えのない問いに悩む。
こちらが親孝行と良かれと思っている事も
果たして
親にとって親孝行になっているだろうか。
無名であること。
たとえ世に名を馳せなくても
本人の幸せは、本人が一番理解している。
なにより、
自分が死ぬ間際まで
子供が自分の近くに存在していることが一番の幸せ、なのかもしれない。