
時間に追われている。
いつも駆け足で歩いている。
約15分ごとに時計を見るのが習慣。
人に優しくする余裕がない。などなど。
そんなことはないだろうか。
いつ、どこで、何を、どうする?
仕事でも家事でも
やるべき/やりたい事を全てできればいいが、
ほとんどの場合、時間がそれを許してはくれない。
「明日やろうは馬鹿野郎」でいい。
以前は“今日中に済ませること”が美徳だと思っていた。
今でも変に負けず嫌いなところがあるから「明日以降に持ち越すなんて気持ちが悪い」時もある。
けれども
特に50を過ぎたあたりから、体が“もたなく”なった。
リミットを設けたら、自分のできることが限られる。
「いいや明日やろう」
明日は明日で、また皺寄せが来て忙しくもなるのだけれども、
それよりも早めに寝てしまうことが私の唯一の回復力でもある。
体に正直になり、明日にできることは明日やる。
継続するためには、自分の体力を知ることが大事だからだ。
「そうはいってもね。。」という声が聞こえてきそう。
そこで私が提案したいのは、
時間を分けて考える。こと。
①動きながら考える
何かをしながら考える/作業をする
体は動かしながらも別のことを考える。
できるの? できる。これも訓練。
帰りの電車に揺られながら夕飯の献立を決められる、でしょう?
ただし「ここぞ」と集中したい時には、この方法を用いないようにしている。
②とっとと諦める
できることと、できないことの境界線を引く。
頑張ることはいいことだが、先ほども申し上げたように体がもたないようでは意味が無い。
できないことはしがみつかないで、とっとと諦める。
「ごめん、私これ出来ません」
自分の限界を知って白旗をあげる。
出来ない自分を認めることから、時間との付き合い方も変わるはずだ。
③他人に委ねる
できないことは他人さまの力を借りる。
他人にお願いすることは「敗北」でも何でもない。
むしろ頼まれた方は、意外にも“嬉しく”貢献してくれることも少なくはない。
「なあんだ、もっと早く頼めば良かった」なんてことも、よくある。
ここまでの話は
時間をどう使うか?時間管理からの観点でもなく
家事に仕事にとマルチタスクを操る方法でもなく
効率的に時間をこなすテクニックでもない。
できないことは諦め、明日に持ち越し、人に委ねる。
“慌ただしい自分”と、どう向き合うか?に重きを置いた。
時間と向き合うことは、自分との向き合い方である。
最後に
自分のキャパ量を知ると明確な分類が進められる。
分けて考えることで、慌ただしい時間も付き合いやすくなるはず。