
家族であっても他人のモノ。
他人のモノは、たとえゴミに見えても「捨ててはならない」
なぜなら
襟がヨレヨレのTシャツ。
学生時代のびっしり書き込んでいるノート。
20年前の手帳。
これだけの情報だと、
「捨てても良い」と感じるが、
それは個人個人で思入れがあったりすることがよくある。
片付けの現場ではクライアントに一つ一つ
「要るか否か」を伺う。
「こりゃ要らんだろう」の予想も外れ
「これは要ります」との答えが返ってくる時もある。
聞けば、
初めてのライブで買ったTシャツだったり。
苦労した経験を再び見ることで奮起するために保管しているノートだったり。
最愛の人から頂いた手帳、かもしれない。

モノはただのモノ。
他人から見ればただの物体であるモノにしか見えないけれど。
本人にとってはストーリーがある。
家族といえども他人。
自分のことはさておき、他人のことはよく見え、気になるもの。
「これ、部屋に置いてあると邪魔なんですよ」
よく夫の持ち物、について相談される。
夫は不在。
ご本人に聞こうにも聞けないので、
そのまま捨てずに置く。
このまま夫の物を捨てなければ
部屋が散らかる?
釈然としない?
かもしれないが
まずは夫の物を集めてまとめることを提案する。
まとまりきらない、多くのものがある場合、
一部屋丸ごと「物置部屋」として使うこともある。
捨てないのだ。
単に移動する。
それだけ。
覆水盆に返らず。
捨ててしまったものは自分の元には返ってこない。
物が無くなるだけではない。
良好だった関係にも当然、亀裂が入る。
「大事な物を失った喪失感」を理解されずに信頼までもを失う。
1でもお伝えしたように、その人にしかわからないモノとの関係がある。
だから捨ててはならない。
稀に「ここにあるモノ(こちらの判断で)捨てても良いよ」と太っ腹の人もいるが、
それでも念の為、確認する。

また「子供だから」と相手にしない親もいるがこれもNG。
子供であっても、話せば案外考えているもの。
「そ、わかったよ」とサラリと返してその通りにしてあげれば良い。
収納が溢れたら
「これ溢れたけどどうしたら良い?」と聞く。
「じゃあ、こっちに置いてみるのは?」
「ああ、そっちか。そっちには〇〇が入っているから、これ以上物が入らないね」
など。
一緒に試行錯誤しながら片付けてみることをお勧めする。
子供であっても対等な立場で接する。
あなたの大切な物はなんだろう。
これは家族がわかっておられる物ばかりではないはず。
全てをわかっている人など、家族であってもいない。
それで良い。
だから聞く、のだ。