
「ママ、前に学校からもらったプリント、
先生から“出して”って言われたけど、ある?」
何週間か前に学校から預かった返信用プリントを出し忘れた。

娘から指摘され、
慌てて学校プリント保管していたファイルをひっくり返し、ようやく見つけた。
ホッとしたのも束の間
確かに返信用のプリントには「提出」して欲しい旨の記載がある。
一瞬、冷や汗が出るのがわかる。

さっと目を通しただけで、読んだ気になっただけ(いつもか?!)で
出すものも出さなければ
実際には読んではいないと言うことになる。
きちんと収納したって、
これでは全く機能していないのと同然。
先生の手間を増やしてしまった反省を踏まえて
今日はテーブルに溢れるプリントの話をしたい。
異様に思われるかもしれないが、
テーブルに物を置きたくない、こだわりがある。
とにかく何もない状態がいい。と思い込んでいる。

なぜなら、家族での食事、デスクワーク、裁縫などの家事、
一日何度も使うスペースとして、どうしても確保したい。
そのため、物があると、
物をどかすことから始まることや、作業動線を奪い、
視界の中に入ってくるものに目が行き、気が散り、
夕飯の何枚もある家族分の皿も思うように置けない。

そういったことが日々積み重なるのが、嫌なのだ。
だから私はすぐに「収納」したがる。
こう言った人間がいる一方で
ダイニングテーブルが“物置”状態になっているお宅も少なくはない。
袋に入った家族分それぞれの処方薬、なぜか植物の種、
輪ゴム、髪ゴム、ブラシ、パン、お菓子、箸置き、
ボールペンから始まり消しゴム、付箋、テープ、などの文房具。などなど。
そして必ずと言ってあるのが、プリントやチラシ類。レターパックなどの書類。
DMや開封していない手紙などもある。

テーブルには、そのお宅の「日常」が映し出されている。
確かにテーブルに必要な物があれば、
手の届く場所にあることで、いつでも確認できるし、
あちこち動かず、最小限のパワーで探すことを留められるかもしれん。
しかもテーブルの高さ、足元から75センチほどの「腰高」こしだか、という
一番物を置きやすい高さに家族が集う、テーブルと言うスペースがあるのだ。
置かない理由も無い、だろう。
何を優先したいかで「日常」は変わってくる。
いずれにしても、
テーブルに物があろうと無かろうと。
どのような暮らし方をしていても
書類は「早めに成敗する」に限る。
厳密に言えば、書類だけではなく全てのモノに対して、だけど。
「物量」ではなく
「時間」だ。
時間を意識して行動する。

なぜなら
人/お宅によって書類の量は違う。から。
もらった直後に、早めに中身を読み
返信するなら返信を。
保管するなら保管を。
処分するなら処分を。

とっとと、決める。
たったこれだけ、で
自分が慌てることも、子供をヤキモキさせることも、先生を困らせることも、なくなる。
が、それが難しい。。
間違っても、
私のように「早く収納すればいい」と言うことでは無い。
締切があればなおのこと。

何のために収納しているのか?
自責の念でこの場を締めくくりたい。