
片付けの本が何冊かある。
片付けの本を「ちゃんと読んだのに」一向に片付かないわけ。
はっきり申し上げると、
片付かない家に『片付け本』があることが多い、しかも何冊も。
対し、
片付いた家には『片付け本』は(私の知る限り)ほぼ見当たらない。
この違いは?
情報があればあるほど混乱してしまうもの、なのだろうか?
これまで知らなかった片付け方を最短距離で知ることはいいことだし、
本を読んだことで、始めるきっかけになれば大成功。のはず。
情報が無いよりは、あったほうが断然良いんじゃないの?!
でも、こんなに読んでいても、なぜ片付かないのか?
じゃあ、「金内、お前はどうなんだ?」
と言われても無理はない。
かくいう私も、新婚〜子供が小さいうちは
育児書、暮らしの本を読み漁っていた。
当時は子育てや暮らしに関して、特に自分に行いに自信がなかったのだ。
読むことで本の中のような理想的な人間になれる/近づけると思い込んでいた。
けれど、結果。
育児書の通りにはならず、さらに落ち込み自信を無くし
暮らしの本も疑問や「なんか違うなあ」が続いて迷走した。
もちろんその中でも
自分を変えてくれるような「良い本」に出会うことは、稀にあった。
でも、それは本来の意味での「自分を変える術」ではなかった。
私とて偉そうなことは言えない。
読んでその気になって満足していただけなのだ。
読んでも身につかない、モヤモヤの正体はここにあった。
ドイツの心理学者、ヘルマン・エビングハウスの忘却曲線では
20分後には42%を忘れ
1時間後には56%を忘れ
1日後には74%を忘れ
1ヶ月後には79%を忘れる。
そう。
読んでも忘れてしまう、のが人間なのだ。
これはどの本でも、セミナーで聞いた言葉だって、偉人たちのメッセージだって、そう。
間違っても
「読まないほうがいい」のではない。
読んでから「自分だったらできそう」「やってみたい」な部分をピックアップして
実践あるのみ。
しかも片付けは一生続く。
一回やっただけでは「片付いた家」になるが
その状態をキープするのは難しいだろう。
だから
自分が「できること」「やりたいこと」だけを「続ける」。
シンプルにこれだけ。
『毎日帰宅したら、プリントの整理をして、いらない紙はシュレッダーにかけて』・・・
って、、できるかい!
と突っ込んでいいのだ。
例えば
1週間溜めてもいい。プリント整理はできても、シュレッダーっているか?
手でビリビリでも良いんじゃない?って思い直すこと。
本の内容を神聖化する必要はない。
ハイレベル/神?に近づきたいのならそれでもいい。
できないことに目を逸らさず、真正面から向き合って。
そして笑い飛ばしてしまえば良い。
身につける事は手放す事。
あなたはあなたの片付け方/暮らしがあるはずなのだから。