
エレベーターに乗っていたら
思しき40代の父親と小学生高学年くらいの男子、の二人連れが乗ってきた。
男の子は父親に
「はあー、今日もプールか。
毎日毎日習い事。だって週7だよ。
前は“土日休みだよ”って言っていたのに、いつからか土日も(習い事で)潰れちゃった。
これってパパが仕向けたんだよ。プールだって級を上げなければ土日だって休めたのに」
ため息混じりで話す、小学生にしてはなかなかの説得力である。
父親は聞いている様子でもあったが、男の子の意見には大きな反応もせず、
ふーん、うんうん、、と言いながらスルーしている。
毎日習い事か。さぞかし忙しいだろうなぁ。
と人ごとながら、その男の子に少しだけ同情する。
この子のように毎日習い事をしているお宅も、珍しくはないかもしれない。
今日は子育て中の親に向け、習い事の話をしたい。
我が家には4人の子供がいる。
上2人はすでに20歳を超えているので、今や習い事どころではないが
下の子は続けている習い事がいくつかある。
これまでの習い事を振り返り、記憶を辿る。
子供は、そして親である私は、習い事をどう捉えているのか?
習い事を始めるきっかけは二通りある。
・親が心配で(子供の足りない部分を補うために)始める習い事
・子供が自ら「やりたい」「やった方がいい」と思って始める習い事
この二つ、大きく違うのは「誰がやりたい」のか?
この二つの習い事を始めるも、
大きく結果が変わっていくことをようやくここに来て、ひしひしと実感している。
長男が小学生一年に入った頃、子供の今後を案じ公文式に入会させた。
自分がどうしたらいいのか?学力は?まだまだ自分の力をわからない。そんな歳だ。
そして親(私)が“勝手に決めた”こと。
心配が大きくなり、2つ下の次男も入会させて通った。
だが、2年と持たなかった。
もちろん公文式が合う子はいる。
相性って物がある。
が、うちの子は合わなかった。
プリントをこなす“作業”が苦行でしかなかったのだ。
見ていても伸びない。当然だ。
ある時
「お願いだから公文はやめさせて」とまだ低学年の子供が親である私に懇願した。
ここまで子供に言われたら、やめるしかない。
お分かりだろう。
親が勝手に操作し親の自己満足で中途半端に終わった、という悪しき事例だ。
子供にお願いされたのはやめる時、だけではない。
反対に
子供から「これだけはやらせて」と懇願された習い事がある。
その中でも
次男(現在大4)は小4の時に「野球をやりたい」と言ってきた。
地域の野球チームだ。
親の送迎やサポートなども負担が重く感じ、さらに文字通り休日も無くなる。
正直、当時「子がどうか」よりも、親の方が嫌だった。
何度か答えを曖昧にし、それでも気持ちが動かないお願いする次男に
渋々OKを出した。
スランプも病院通い、も色々あったが
それから一度も「嫌だ」と言わずに高校3年まで8年間、野球を続けた。
大学生になって野球はあっさり手放し、アメフトに熱中の現在だが。
長く続けること自体を美談にしたくない。
ここで言いたいのは
本人が「やりたい」と思ったことは
本気度が圧倒的に違う。と言うことだ。
また、
末っ子長女(中2)は、ある習い事をしているが
彼女もまた親に懇願した習い事を
「芽が出なかったら、あと一年で辞める」と言ってきた。
いやいやまだこれからの中2のあなたが決めなくても、とも思ったが
彼女の本気度も、また然り。
本気だから続ける事だけでなく、引き際まで考える。
受けて立とうじゃないか。
いくらでも付き合ってやる。