もう作品が世に出て
かれこれ半世紀に手が届くが
それでも尚、傑作と言われる所以であろう。
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『向田 邦子
ベスト・エッセイ』
向田 和子編
ちくま文庫
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向田邦子の作品は、これまで3回読んでいる。
小学生、20歳前後、そして51歳の現在。
(向田邦子が亡くなったのが51歳という偶然)
小学生の国語の教科書に『字のないはがき』を初めて読んだ。
あなたも記憶に残っているだろうか。
20歳前後の時、短編小説『男どき女どき』を読んで
まさに電気が走るようなショックを受けた。
それから漁るように向田作品を片っ端から読んだ。
それから30年。
ふと無性に読みたくなり、図書館で『向田邦子』を探した。
幾つかある作品のなかからパッと迷わず手に取ったのが
この本だと言うわけだ。
粗末な言葉しか出てこなくて悔しいが
改めてすごい。すごすぎる。
そして私は20歳に衝撃を受けてから今に至るまで
かなりの影響を受けてきた事に気がついた。
厳格な父。おおらかな母。
4人きょうだいの長女として育った邦子。
ごく平凡な家庭の、ごく平凡な日常を、
なんとも絶妙な切り口で描いている。
P52・・・・・
おもてで肉親と出逢ってしまうことがある。
道を歩いていると、向こうのほうから親きょうだいが歩いてなくる。こういうとき、私はどういうわけか、大変にあわて、へどもどして居心地の悪いことになってしまう。
あ、と虚心に手をあげることは滅多にない。大抵は、気づいたことを相手に悟られないよう、なるべく知らん顔する。
・・・本文「知った顔」より抜粋・・・
出だしの語り口から、グッと引き込まれる世界。
家族に対し、こんな経験は誰しもあるだろう。
ドラマ『阿修羅のごとく』をはじめ、
女の強さの描き方がとにかく秀逸である。
普段は威張り腐った父に対し、
慎ましながらも笑い上戸で肝の座った母。
戦時中、投下された火で、いよいよ自宅が燃えてしまうかもという状況の中、
社宅だからか土足でも気を遣ってつま先立ちで歩いている父。
対し母は、土足で勇ましく畳の上を大胆に汚したエピソードは、時代が変わっても、状況がどうであっても。
むしろこんな状況下だからこそ、だろう。
女は、母は強し。と共感せずにはいられない。
年齢を重ねてさらに思いは強くなる。
これぞ、エッセイ中のエッセイ。
幾度となく突き動かされた作品は、
これまでにも、そしてこれからも無いだろう。
どんなに頑張っても届きやしないが
こんな文章が書けるようになりたい。
気に入った手袋しか着けない「主義」の邦子。
どんなに寒くても、周りから風邪を心配されても
世間が着ける一色でも決して着けない。
気に入った手袋がないから。
ある時、そば屋で当時勤めていた会社の上司に忠告をされる。
p353・・・・・
「君のやっていることは、ひょっとしたら手袋だけの問題でないかも知れないねえ」
私はハッとしました。
「男ならいい。だか女はいけない。そんなことでは女の幸せを取り逃すよ」
そして、少し笑いかけながら、ハッキリこうつけ加えました。
「今のうちに直さないと、一生後悔するんじゃないかな」
・・・本文「手袋をさがす」より抜粋・・・・・
今のご時世、上司の言葉は完璧にアウトだが、
問題はそこではない。
邦子はある一つの決断をする。
色々書きたいことは他にも山ほどあるが
「手袋をさがす」に至っては、
現在の発信の在り方、社会や周りの人との調和、欲求との付き合い方。など。
現代の人間が抱える悩みと、さほど変わらない。
邦子の覚悟が、このエッセイによって結論づけられている。
現代の悩ましいご時世だからこそ、皆に響く作品ではなかろうか。