
仕事中、階段から滑り落ちた。
4段くらいの踏み外しだった。
スリッパと階段の絨毯の相性が悪かったらしく、
見事にズルズルっと上から滑り落ちた。
落ちる瞬間、体は言うこと聞かないが、
頭の中は案外冷静になっていることも多い。
「ああ、やば。落ちるわ」
止まらぬ転落に「止まれ」と願っていたり、
周囲の人の気配を確認したり。
転んだら骨折するかな?とか。
この一瞬でさまざまなことを考えていることに、後から気づく。
歳をとると
「体と心のギャップができる」
子供の運動会で張り切り過ぎたお父さんが
走ってこけて怪我をする、なんてことはよく聞く話。
まさにそれだ。
うちの夫も経験済みだ。
10年ほど前に、当時次男が入団していた少年野球の親子大会のイベントで
ピッチャーの次男のボールを、バッターの夫がヒットして喜んだのも束の間、
塁に出ようとした時に急に姿が見えなくなった。
その直後、足を庇って苦しそうに蹲っている夫が見えた。
「救急車呼んで!」
入院3ヶ月。骨折と手術をした。
彼の膝にはボルトが入っている。
当時のことをスローモーションのように
10年経った今でも鮮明に思い出される。
「自分はまだまだ大丈夫」
過信してはいけない。
臀部の打撲と指の腫れがあり、様子を見た。
痛みは強くならなかったので病院には行かなかったが
指の腫れ以外にも、
体が緊張していたのか肩がやたらこわばっていた。
一番厄介なのは、尾てい骨の打撲。
あれから数日経って痛みは軽減されている。
が、いまだに
椅子から立ち上がろとすると、お尻の周辺に鈍い痛みが走る。
電車の座席に座るのはいいのだが、立ち上がった時に手すりに捕まらないと立ち上がれない。
またその一連の動作に時間がかかる。そのため、いつもより優雅な動作に?なる。
「よっこらせ」掛け声もかけたくなるが、恥ずかしいので心の中だけでおさめた。
と、いろいろ不便がある。
健康ってありがたい。
普段何気なく思っていることだが、
こんな時こそヒシヒシと強く感じる。
結局、転んだ時に履いていたスリッパの滑り止めの機能が薄れてきていたことが後から判明し
すぐに新しいものに交換した。
これだけではない。
いつ転んでもおかしくはない、という考えに至った。
(え?そんなの当たり前?!)
ネットでは
「受け身の転び方」という衝撃や怪我を防ぐ方法があるらしいが
これは日々の訓練でやっとできるものであって、
咄嗟の判断や、一朝一夕で成し得るものではないだろう。
当然、若くても転ぶが、
特に最近触れるのが
身近な高齢の方や、親を見ていると本当に転倒が多い。
「危なっかしいなあ」と近くにいる私もヒヤヒヤするが、そんなことは言っていられない。
その年に近づいているのは自分だってそうなのだから。
頭は慎重に。
体は老いを受け入れ。
心は前向きに。
バランスを保ちながら暮らしていきたいと思う、今日この頃であった。