
四面楚歌。
八方塞がり。
袋小路。
ただいま真っ暗闇の状況だ。
何年もお世話になっている、かかりつけの病院が突然無期限の休診になった。
2週間後の予約していた美容室の予約が取れていないことも直前に判明し
後2週間後、約1ヶ月待ちになってしまった。
仕事で辛い状況を話したが夫には冷静に正しさを突きつけられ、感情を受け取ってくれなかった。
などなど。
重なる時は重なる。
これも「試練の時」と思って気持ちを切り替えようとするも、
家でじっとしても何も生まれてこない。
さあ、どうする?
今後の進路は、二つある。
自分の力ではどうすることもできないこと。
一方で努力次第で改善できること。
美容室の予約は単なるミスだ。
予約までの手続きが終わる前にうっかりサイトを閉じてしまった。
これは諦めるしかない。
病院での突然の無期休診は結構痛かった。
休みの日に自転車を坂道を漕ぎ、ぜいぜいと息切れしながら到着したと同時に、
張り紙があり「休診のお知らせ」が。
(今更ながら事前にホームページを見ても良かったのだ)
薬だけでも欲しかったのだが、どうしようかと悩んだ私は
自転車に乗ったまま、近所の薬局で
お薬手帳を見せながら相談した。
他の病院も紹介してくれたが
紹介された病院は一通り行ったことがあるが、医者との相性が合わない。
だから自転車を漕いでも少し離れた病院に行っていたのだ。
薬を買うか?それとも紹介された病院に行くか?
薬剤師からは
「近しい薬はありますが、全てこちらに揃っていませんので、、保険もききますし、
やはり病院に行かれた方がいいかと思います」
やや興奮気味で話すこちらの事情を嫌な顔一つせず、
共感をしながら物腰の柔らかい親切な言い方の薬剤師に救われた気がした。
窮地の一策になるか。
試しに紹介された一つの、以前3年以上前に訪れたことのある病院に出向いた。
診察室に通され、医師と話す。
あれ?なんか感じいい。。
感じが悪いと思っていた病院だったが、どうやら思い込みだったようだ。
感覚で、あの病院は、あの医者は、と思い込んでいただけなのかもしれない。
感覚だけを頼りにしているのは危険だ。
自分を見つめ直すきっかけになったエピソードである。
人、特に第三者の冷静な意見は聞いてみるものだ。
聞くだけではダメだ。行動が伴っていなければ。
人から見たらどうでも良さそうなことでも、
本人にとっては大きな問題になっていることもよくある。
最後は
仕事で上手くいかない時。
技術的なことはさることながら、
よくある問題は、結局コミュニュケーションの問題だ。
あの人がこう言っていたから私が傷ついた、など。
あの人が、、と自分のことは棚に上げ、相手のことを責めたくなる。
すぐに言葉にできなくても、聞いてくれる人がいなくても
まずは書き出して冷静な目で自分を俯瞰する。
事実と感情を分けて書き出す。
事実は変わらないが、その後の感情は変わることも多い。
書き出そう。
前を向いて進むのみ、と言い聞かせる。
腐ってたまるものか。