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2026.04.11兄弟あるある【手加減】を学習すること

 

 

「はあー、、全く男子ってやつは・・」

 

 

中学2年の娘が新学期早々、帰宅後口をついて出た言葉。

どうやら新学期クラスにいた1人の男子が“うるさい”“うざい”とのこと。

 

 

きっとどこにでもいるだろう、

クラスに1人や2人はいる、うるさい男子。

今回、娘のセンサーが異常なほど感知したらしい。

 

「生まれて初めてキレるかと思った」若干13歳。

まだこれからもたくさんキレることもあろうが、

そんな言葉を聞きながら頷く。

よほどうざかったのだろう。

 

 

 

 

1 他人に興味がない

 

昨晩、いつもは帰宅時間がバラバラの子供達が

次男(21)三男(17)と珍しく食卓に揃った。

 

 

我が子の4人の子供たちは、きょうだいとはいえ“他人に興味がない”。

 

兄から弟に「学校どうだ?」もなければ、

弟も兄が、どんなことをして学校や就職しているのか、聞くこともない。

 

 

仲が悪いわけでも、ない。

けれど仲が良いともいえない。

 

 

たまに私から「お兄ちゃんは」「〇〇(弟)は」と伝書鳩のように

きょうだいの近況や、

他の子に対し親として思っていることを「あなたはどう思う?」と相談したりもする。

 

 

そんな次男三男の並んだ食卓で、私は向かいに座った。

黙々と静かに食事が始まる。

 

その時

いきなり次男が三男の伸びた髪の毛をグワッと掴んだ。

 

 

 

 

 

2 無言のコミュニュケーション

 

グワっと掴んだ手をぐるぐると回す。

それに対し、うざそうに無言で箸を持った腕で振り解く三男。その顔は意外にもまんざらでもない。

手を振り解かれた次男(と三男)はそのまま何事もなかったように、目の前の肉豆腐に手を伸ばす。

 

 

これがわが家の男子たち、

特に次男・三男のコミュニュケーションなのだ。

 

他の長男・次男、長男・三男、のコミュニュケーションはまた違ったものだが。

 

 

この一連の動作に、全く言葉がない。

これで彼らのコミュニュケーションが成立している。

 

 

日ごろから次男は三男にいきなり“タックル”する。それに対抗して三男がやり返す。

床が軋み、揺れる、家具にぶつかりそうになるかとヒヤヒヤする。

 

 

「外行ってやれ!」と、一言。ここは競技場ではない。

 

 

兄弟を育てておられる方なら共感していただけるかと思うが

まるで動物の赤ちゃんが“じゃれあって”いるような光景、なのだ。

そこには後腐れもない、実に本能的(動物的?)なふれあい、だったりもする。

 

「他人に興味がない」とは母から見た、至極狭い視界なのかもしれない。

 

 

 

 

3 手加減して学習する

 

いきなり髪の毛を掴んでぐるぐると回す。

 

これが学校だったら即「いじめ」になる。

間違っても暴力を正当化する気はない。

 

 

「手加減を覚える」

 

 

最小社会の家族という中で

「これ以上はアウト」

「やめろ!」と反抗する

 

小さなうちから身に付く

親、大人が決して教えられない、きょうだいでしか通用しない“学習”だ。

 

 

人間関係の中庸さ、も同時に知る。

0か100かで決められない、40、60もあるってことを。

ほどほどでコントロールする術、とも言っても良い。

 

 

100にならないからと、

ポキッと折れていないだろうか?

 

いいじゃないか。60でも。

 

 

 

冒頭で登場した、娘に嫌われたウザい男子は“制服を着た赤ちゃん”なのだ。

 

 

 

人間関係の中庸さは大人にも当てはまる。

いい子か、そうでないか?

シロかクロで、決めつけていないだろうか?

 

 

 

これからも娘の怒りを受け止めながら、

彼女以上に熱くなりやすい私は、こうやって子育てを通して学習している。