
「はあー、、全く男子ってやつは・・」
中学2年の娘が新学期早々、帰宅後口をついて出た言葉。
どうやら新学期クラスにいた1人の男子が“うるさい”“うざい”とのこと。
きっとどこにでもいるだろう、
クラスに1人や2人はいる、うるさい男子。
今回、娘のセンサーが異常なほど感知したらしい。
「生まれて初めてキレるかと思った」若干13歳。
まだこれからもたくさんキレることもあろうが、
そんな言葉を聞きながら頷く。
よほどうざかったのだろう。
昨晩、いつもは帰宅時間がバラバラの子供達が
次男(21)三男(17)と珍しく食卓に揃った。
我が子の4人の子供たちは、きょうだいとはいえ“他人に興味がない”。
兄から弟に「学校どうだ?」もなければ、
弟も兄が、どんなことをして学校や就職しているのか、聞くこともない。
仲が悪いわけでも、ない。
けれど仲が良いともいえない。
たまに私から「お兄ちゃんは」「〇〇(弟)は」と伝書鳩のように
きょうだいの近況や、
他の子に対し親として思っていることを「あなたはどう思う?」と相談したりもする。
そんな次男三男の並んだ食卓で、私は向かいに座った。
黙々と静かに食事が始まる。
その時
いきなり次男が三男の伸びた髪の毛をグワッと掴んだ。
グワっと掴んだ手をぐるぐると回す。
それに対し、うざそうに無言で箸を持った腕で振り解く三男。その顔は意外にもまんざらでもない。
手を振り解かれた次男(と三男)はそのまま何事もなかったように、目の前の肉豆腐に手を伸ばす。
これがわが家の男子たち、
特に次男・三男のコミュニュケーションなのだ。
他の長男・次男、長男・三男、のコミュニュケーションはまた違ったものだが。
この一連の動作に、全く言葉がない。
これで彼らのコミュニュケーションが成立している。
日ごろから次男は三男にいきなり“タックル”する。それに対抗して三男がやり返す。
床が軋み、揺れる、家具にぶつかりそうになるかとヒヤヒヤする。
「外行ってやれ!」と、一言。ここは競技場ではない。
兄弟を育てておられる方なら共感していただけるかと思うが
まるで動物の赤ちゃんが“じゃれあって”いるような光景、なのだ。
そこには後腐れもない、実に本能的(動物的?)なふれあい、だったりもする。
「他人に興味がない」とは母から見た、至極狭い視界なのかもしれない。
いきなり髪の毛を掴んでぐるぐると回す。
これが学校だったら即「いじめ」になる。
間違っても暴力を正当化する気はない。
「手加減を覚える」
最小社会の家族という中で
「これ以上はアウト」
「やめろ!」と反抗する
小さなうちから身に付く
親、大人が決して教えられない、きょうだいでしか通用しない“学習”だ。
人間関係の中庸さ、も同時に知る。
0か100かで決められない、40、60もあるってことを。
ほどほどでコントロールする術、とも言っても良い。
100にならないからと、
ポキッと折れていないだろうか?
いいじゃないか。60でも。
冒頭で登場した、娘に嫌われたウザい男子は“制服を着た赤ちゃん”なのだ。
人間関係の中庸さは大人にも当てはまる。
いい子か、そうでないか?
シロかクロで、決めつけていないだろうか?
これからも娘の怒りを受け止めながら、
彼女以上に熱くなりやすい私は、こうやって子育てを通して学習している。