
昨夜、遅い帰宅をした次男(21)に
おそらく初めてであろう、ボンゴレスパゲティを作った。
アサリは次男の好物であり、私の苦手な食材でもある。
自分が苦手(アレルギー持ち)だから、
普段スーパーで見かけても購買意欲が湧かない。
しかし、スーパーで特価だったタイミングと
急に次男の顔を思い出しアサリをカゴに入れた。
次男は就職のために来春から寮生活をする予定だ。
次の春まであと半年ちょっと。
今更ながらに慌てて次男の好物を作ろうとするあたり、後手後手な私なのだ。
長男が1年半前に巣立ち、次は次男。
そして三男、末っ子長女と続く。予定。
一人一人、この家から居なくなるのは覚悟の上だが
だからこそ、
巣立つまでに親がやっておきたいことを整理してお伝えしたい。
こんなの当たり前じゃ?と思われるかもしれないが
子供の好物のアサリを「自分の都合で」これまで出さなかったのは前述した通り。
子供の立場に立って考える事って、実はやっていない。
子供の言うことを全て聞いてあげても良いくらいに今は思っている。
子供がワガママになる?
そうだろうか。そうは思わない。
この歳になってやっとわかった。
ワガママさえも受け入れてくれる、居場所があるって大事。
もちろん叱る時には叱る(これは余計なほどにある)
子供にとって安心感が生まれるだろう。
それだけではない。
自分自身にとってもメリットがある。
人(子供)の(異なる)意見を聞くことで、共感性が高まり社会性が身に付く。
それがなかなか出来ていない、のだけれども。
??って思った人。たくさんいるんじゃないかな。
これは以前からブログで何度か申し上げているが
子育てで重要なのは「ゴミの分別」からだと私は本気で思っている。
ゴミをゴミ箱に捨てている?
鼻をかんだティッシュを机の上に置きっぱなしにしていない?
飲みかけのペットボトルの中身をシンクに捨てずに部屋に放置していない?
ゴミの捨て方がわからずにほったらかし、親にも聞けない状態になっていない?
などなど。
当たり前のことを当たり前にすること。
また、この小さな分ける行為(分別)が「些細なこと」と軽視するのか否か。
他人に対しての態度にあらわれるし、
そして何より自分自身に対しての“あつかい”が明らかになる。
自分を大切にして欲しい。親として切に願う。
親と言っても所詮、子供の人生の“登場人物”の一人にすぎない。
私とて気づけば、
親と一緒に過ごした時間よりも夫との時間が多くなっていた。
だから子供との時間は大切に使いたい。
「子供部屋が欲しい」
子供の夢を叶えてあげているだろうか?
「片付けなきゃ」
焦燥感だけで日がな過ごしていないだろうか?
そんなことを思っているうちに子供は大人になる。
願いが叶うように。
今からでも遅くはない。
片付けをしよう。