
姑(80代)の認知症が判明した。
先日、
彼女の息子である夫が、姑を脳神経内科に連れて行き
医師に診断してもらい結果が出た。
最初は何度か「おや?」と思うこともあったが、
年齢によるものか、と軽く見ていた。
けれどその中でも私が感じたのは、特に
時間の感覚がずれている。ということだ。
“半年前”に私から姑にLINEしたメッセージを
姑自身“昨日”と認識してしまい、行き違いがあった一件がある。
それ以降あたりから
以前は頻繁に使っていたLINEメッセージの使い方もわからなくなり、
ここ最近は電話でのやり取りに変わった。
認知症、その名の通り「認知のズレ」とはよく言ったものだ。
時間が経つたびに「これはもしや?」と思うことも多くなって
休日の夫が病院に連れて行った、という経緯がある。
姑も、私の母も、認知症だ。
幸いなことか、
夫(父/義父)と二人暮らしで基本的に2人とも健康体である。
動けるので「自分でできる」ことはできそう、だが。
接していると、
家事で必要な、段取り、が苦手に。
例えば
献立を組み立て、鍋に火をかけている間に洗い物をする、メニューの栄養バランス、なども
これまで何十年も同じことを繰り返していたことさえ、ここに来て立ち止まってしまう。
「毎日同じ焼きそばを作る」父から冗談混じりに聞かされる。
実家では週に3回ヘルパーに自宅に来てもらい、食事の支度を手伝ってもらっている。
料理の行程をサポートしてもらい、自分でできるだけやる、というスタンス、
とはいえ、家の中が掃除しないで散らかっているか?と言ったらそうでも無い。
できることは、まだある。
家事全般ができなくなる、というわけでもない。
「夫婦2人で施設に入ることも考えている」が
特に母の希望で
「できるだけ自宅で介護サービスを受けながら暮らしたい」とのこと。
そりゃ、そうだろう。
環境が変わることは、いかにストレスになるか。
話はずれるが、何年か前に
離れて暮らしている親を不憫に思い
自分たちの暮らしている地域に呼び寄せようとしたが
親が子供の提案に(なんと言おうと絶対に)流されない。なんてことも以前はあった。
その時は「近くのマンションだの、いろいろ調べたのに、、くっそ〜〜!!」と思った。
こちらが勝手に進めて調べた、というものあるが。
子は子の人生があるように
親は親の人生がある。
冷静に考えれば、自分だって歳を取ればそうなのかもな、と思う。
介護のプロのケアマネージャー、ヘルパー、看護師、医師、など。
様々な人が実家に訪問に入る。
また月に一回は私たち夫婦が訪れる。
夫の実家もそう。
「人を自宅に呼ぶのに抵抗がある」
よく聞く言葉だが、
そんなことは言ってられない。
自分ではできないことを他人が家に入り、助けてれくる。
自分の仕事もそうだが、10年続けていても
他人さまの家に上がることは何度訪問していてもそれなりに緊張感がある。
けれどこちらが緊張感だけで動いては、いつまで経っても相手に信頼を得ないと思う。
また砕けすぎてもいけない。
冒頭に登場した姑だが、地域の包括支援センターとの連携で
今後、介護サービスを利用することになりそうだ。
それぞれが、できることをできるだけ。
手を尽くしながら
無理なく人に頼ることを選択する、介護が理想だろう。