
夜11時。
中1の娘が、
リビングのソファーで、うたた寝をしている父(夫)に声を掛ける。
「パパ、早くお風呂に入って!」
風呂に入るまでが長い父に痺れを切らし
日常的に娘は父に“苦言”を呈する。
娘に言われた父は
一瞬ハッと寝ぼけ眼で目を覚ますが
また寝てしまう事も多い。
ある時
「追い焚き(のボタン)押して欲しいなぁ」
とソファーから一歩も動けない?父が娘に懇願する。
「(追い焚きボタンを)押したって、どうせすぐまた寝るでしょ!もったいない」
家計の心配までする有りさま。
確かにその通り。と私は思う。
娘は父の行動を全て把握している。
私の出番は全くない。
何故なら、娘の方が“女房役”として立派に果たしているからだ。
私の方から娘に「パパに言ってあげて」とか
「寝かせないようにしてあげて」とか
「風邪ひいちゃうから起こして」なんて思考は一切ない。
冷たい妻、なのだ。
あなたも思い出していただきたい。
私たち世代(アラウンド50代)の父親、って
こうでは無かったはず。
THE・昭和のオヤジ。
いつもムスッとしていて、新聞を広げ、食卓では楽しい会話などした事がない。ヘビースモーカーで壁紙が茶色に変色していた。
チャンネル権は常に父で、おかげでプロ野球が大嫌いになったのもそのせいだ。
口を聞くのも緊張感があった。
一言で言うと、“どよん”とした家の中で私は育った。
その話を同世代の“娘”に話すと、
「うちも!」「全く一緒」と共感をいただく。
ウチだけでは無かった、と同志に会ったようにホッとする。
が、それぞれ歳を重ねた、父娘の関係が変化する。
いつしか娘の私が父に対等な物言いをするようになった。
かつては威張っていたけど、こんなもんか。と。
専業主婦の母、子供たちを養うために会社を50年務めあげ、
ここまで不自由なく育ててくれた事は頭が下がり感謝する。
ほんっとに不器用だ、と思う。
誰にも愚痴を言わず突っ張りながら、家庭を守ってきたのだ。
哀愁を感じずにはいられない。
団塊の世代ジュニアとして、
威張り腐った父親(と、一見従順な母親)に育てられた私たち。
結局は父親がどんな態度をとろうが
成長した娘の強力パンチには敵わない。
男だから、女だから、と声高に言うつもりは無いが
やはり、男と女の性質の違いは否めない。
娘の上の、三人の兄たちは
自分の父親に、ソファーでうたた寝を繰り返す父に
呆れた様子はあっても注意する事は無い。
父と息子の関係は淡々としている。
対し
父と娘の関係はまたそれとは違い、
娘はやはり小さなママのようだ。
遠巻きから見ても、娘にデレっとする、父親。
それをコントロールするかのように突き放すような態度の娘。
昭和の時代に私が感じた
“父の匂いから存在まで全てダイキライ”は
我が娘からは見られない。
威厳を振り回していたからこうだったのか、
父親像が崩れているからこうなのか。
結局のところわからない。
けれども、
いつか娘が彼氏を連れてくる将来を想像すると
きっと落ち込むのだろうなぁ、と
やはり父親の哀愁を巡らせるのだった。