4人の子育ては
親の心掛け一つで変わる。
ここに反省の意味を込めて記したい。
いつも子どもにうざがられるのは
聞かれてもいない、アドバイス。
子どもが不憫でつい口を出して導きたいのは、
「自分の経験から、子どもにも同じ失敗して欲しくない」
と言う不安からくるもの。
持ち物や、道案内や、天気など。
進路や、買いもの、お小遣いなどもそうだろうか。
先日、中学1年の娘が友人と、
夏休みに初めての場所に出掛ける予定があり
「地図を書いて教えてあげようか」と提案したら
「Googleマップがあるから大丈夫」と娘。
それでも私は
「それでもママは迷うわ。結局道行く人に尋ねたりするわ」
自分の方向音痴を棚に上げて心配を装う。
「自分の位置や方向だってわかるから大丈夫」
と念を押された。
近くで聞いていた夫が
「地図の読めない人間っているんだよ」と
小馬鹿にしていた。ん?私の事か?ほっといてくれ。
もちろん娘から心配だから、と聞かれたら
教えるつもりだが、どうやらハナからアテにしていない。
道に迷えば、Googleだけでなく人に聞いてもよい。
むしろそちらの方が、大海を知ること、なるだろう。
口を出して子供に嫌われても良い。
子どもに嫌がられても、親が押し通す事もある。
自宅以外での、トラブルや本人の体調やコンディション、
学校や部活や習い事などで起こる、周りのウワサや、
自宅での普段と違う様子、など心配事や疑問を第三者に確認する。
以前、子どもの学校の友人関係の事で気になった事があり
子ども本人に聞いてもはっきりしないので、学校に問い合わせしたことがある。
特に大事には至らなかったが
のちに子どもからは「もうママになんかに話さない!」と
一時関係にヒビが入った。
それからと言うもの、
まず、子どもの話をしっかり聞くようにし、
それから
「先方に聞く(確認する)内容」を共有し
「感情的にならずに和やかに話すこと」
「ゴールを円満にすること」を約束し、動いた。
ちなみに夫は、私のような行動には、真っ向から意見がら対立する(ケンカはしないが)
「そっと見守る」を大切にしている。「動く必要なんてない」と。
夫婦の考え方も違うが、致し方ないと思っている。
その後、他の子の件でも友人関係のゴタゴタがあったが、
“ 二次災害”や暴走する妄想、には至らずにいる。
当然子どもからの支持率は「見守る」夫に、軍配があがる。
一方、私は子どもに呆れられている存在だが、それでもなお、体が動いてしまう。
ガマンができないのだ。
また、第三者に確認をする事で、別の視点をいただく事も多い。
こうやって他人さまの力も借りながら子育てしている。
子どもが小さい頃、なんであんなにガミガミ怒っていたのだろう。
今思うと
怒るほどでもない事まで怒っていたあの頃。
時折思い出しては、あちゃー、、と落ち込んでしまう。
怒りは「立場が下」と思っている相手に矛先が向けられる。子どももしかり。
そして、自分に余裕がないのだ。
自分が何様だと思っているのだ。
片付けなんかしてないで子どもの様子をちゃんと見ろ。
と過去の自分に言ってやりたい。
片付けで、家族の仲は変わることは十分にあるが、
行き過ぎた、偏った考えは自分を破壊する。
今では子ども4人全員、
瞬く間に大人の私を抜かしてしまった。
なす術もない。
ただ過去を反省し、小さくなるしかない。が、またそれも学習が足りていない。
過去はもう修正できないが、
これからは構築できることだけを望む。
一人一人独立して、この家を出ていく。
それまでの日々を丁寧に過ごしたいと願う。
現在も失敗ばかり、ではあるが
子育ての参考にしていただければ幸いだ。