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2026.05.09親の【尊敬されたい】を一回壊してみる

 

 

「尊敬する人は母です」

 

 

あるドキュメンタリー番組の一幕。

 

隣で一緒にテレビを視聴していた夫と思わず顔を見合わせた。

 

 

そのテレビカメラに発言した、うら若き20代の男性。

小学生ならともかくも

成人して結婚してもなお、親のことを「尊敬」かあ、、

 

 

ディスるつもりはない。なんなら

親子関係のことは、とやかく言えた義理ではない。

 

 

夫もまた同じ気持ちだったようだ。

 

 

 

 

 

1 ほんとうに「尊敬」されたい?

 

だれしも小学生の頃

「尊敬する人は?」と質問されたことがあるかと思う。

 

この言葉を聞くたびに、思考がフリーズする。

全く答えられない。小学生の当時はテキトーに“親”と答えていたかもしれん。

 

 

尊敬する人は、これまで誰一人としていない。

 

 

私が無知なだけで、思い浮かぶ人がいない。

これまで出会った人たちの中でも、素敵な人は沢山いる。

でも尊敬とは違う。

 

 

尊敬とは・・・

相手の人格や行動・能力などを高く評価し、「自分より上だ」「見習いたい」と感じて

敬意を抱く心のあり方です。多くの場合、憧れや感謝、信頼が混ざった、相手そのものを思う感情を指します。

・・・・・AIの回答・・・・・・

 

 

例えば

仕事の先輩に、“こうなりたい”と憧れを抱くのも「尊敬」かもしれないし、

歴史上の人物を「尊敬」も、推しを「尊敬」と言う人もいるだろう。

もしや単に「年上」だからって間違った“敬い方”をしている人はここにはいないことを信じる。

 

 

人が人を「尊敬」することは、その人のアイデンティティでいい。

 

けれど

我が子には少なくても、「尊敬されていない親」であることは確か。

 

 

 

 

 

2 頑張るほど空回り

 

自分たちの親の悪口を、

夫と話していて盛り上がることがある。

 

 

子供時代に親に連れて行かれたレストランで

家では無口な父親が店員に「おすすめは?」とか、知ったかぶりでその地域の話題を振ったり、

本当に聞きたいことではない(子供にも見透かされている)のに

無理して背伸びしているような馴れ慣れしく接している「大人」である親の態度なども、

 

「あれはダサいよね」と笑われる始末だ。

 

 

で、自分たちが歳を取ったらどうだ。

 

店員に少しでもポイントを稼ぎたい自分がいる。

ちょっとした事でも話しかけたり、メニューの説明におおげさに反応したり。

「おいしかったです!」「また来ます!」満面の笑みで承認欲求を満たそうとしている。

 

 

親のことは言えない。

まったくだ。やれやれ。

 

 

 

 

3 上も下もあるもんか

 

人間に上も下もあるもんか。

 

いつも思っている。

尊敬する人がいないのはそのせいだ、きっと。

 

 

では、

子供は未熟で、親が偉いのか?

 

 

子供が小さいうちは確かに未熟だが、成長するとそれは逆転する。

自分が老いることで、できないことを痛感し、だんだん小さくなっていくのを感じる。

最近は「すみません」「おっしゃるとおり」が増えた気がする。

 

 

子育てのあり方も随分と変わった。

 

子育て期がまだ浅い頃は、つっぱって生きていた。

「親である私がしっかりなくちゃ」と。

もしかしたら尊敬されたかったのかもしれない。アホか。

子供を無駄に叱りまくっていた頃もその頃だ。

 

 

しかし突っ張って育児していても、そんなものはすぐ崩壊する。

 

「んなもん、できるか!」

自分自身に一回キレて落ち込んだ。

 

 

そして

ポンコツを笑いにした瞬間から、子供との関係が変わった。

 

 

「バッカだよね〜。ママって」自虐を

子供達は呆れながら、半ば聞いているのか、聞いていないのか。

 

 

 

あなたは尊敬する人は、いるだろうか?