
逃げる2月。
去る3月?
さて、3月に入り
一年の学期やシーズンが終わるタイミングでもある。

お子さんがいるご家庭では、
春休みなどを利用して
ぜひ『思い出の品』の整理をお勧めしたい。
先日、
久しぶりに子供達の“思い出”を、整理した。

子供部屋の一角。
クローゼットの“思い出引き出し”があり、

中には、子ども4人分の思い出の品が入っている。

引き出しの中を空にして、一つづつ何が入っていたか、確認する。

主に
・手形、足形

・絵画/習字/作文などの紙類
・学習ノート/日記帳/自由研究の資料

・クラスTシャツ/体育祭で使った横断幕/家庭科で作った巾着類などの衣類
・親から子へ(or子から親へ)の手紙
などなど。
他には、保育園の連絡帳、幼稚園の作品綴り、などもあった。が
以前整理した時に処分した。
また、アルバム、賞状、文集などは離れた場所に保管しているので、
またの機会に話したいと思う。
さて中身、これら全て保管するもの???
何がなんでも「子供が関わっているから」と取っておく必要もない。
取っておかなくていいものも、ありそうだ。
特に今回、整理をしていて思ったのは
「きょうだいの持ち物に差がありすぎる」と言うこと。
きょうだいあるある、だけれども、
第一子が50%とするなら
第二子が30%
第三子が15%
第四子が5%(!)
大体このくらいの比率の思い出の量だった。

当然、きょうだい全員、平等に愛情を注いでいるつもりだ。
けれども“開けてびっくり”玉手箱ならぬ、思い出ボックス、なのだ。
何を減らしたか?
バランスをとることも考えたが、
そもそも無いものを増やすわけにはいかない。
余っているものを減らすのだ。
さて、どこを減らしていくか?
特に今回
当たり前だと思い込んでいた、学習ファイル。

地域や学校によって呼び名は変わるかと思うが、
小学校などで、1年間の教科関係なしのファイルに綴じたもの(そのまんま。。)
ページをめくりながら、ジィーーっと眺める。
正直、読む気がしない。

いくら当時子供が一生懸命書いたもの、であっても
辿々しい文字が“読みづらい”のだ。
また漢字の練習などの書いたものも挟んでおり
「これって本当に思い出になる?」改めて考えてしまった。

ね、
これ、“思い出”とは言わんだろう。
気になったページだけ抜き取って、思い出引き出しに入れた。
しかも中学生になったら、99%のものがここには無い。
思い出品、と言うのはせいぜい小学生まで(が管理するもの)なのだ。
今回、この整理するにあたって、
子どもたちは一切登場していない。
と言うのも、我が子たち4人とも全員
思い出に全く無関心、なのだ。
昨年4月に実家を離れ独立した長男に至っては
「全ていらない。写真も何もかも」とバッサリ。
他の子達も、兄に続いて同じ意見。
「いいよ、捨てても」
(いや、、自分で捨ててくれ)
親のこちらが「ええ〜〜そんなぁ」と、後ろ髪引かれる。

よって、
これは「子供の思い出」と言う名の、
完全なる「親の思い出」なのだ。

その証拠に、子供の方から「昔は〜」と話すことは、皆無だ。
親から話すことはあっても、
忘れてポカンとするか、聞いていないふりをするのがオチだ。
悲しい?
これが現実だ。

子供達は今を生きている。
親もアップデートしていくのだ。