heya-koto

BLOG

2026.04.21日常から始まる【性教育】の最適解

 

 

 

かれこれ15年以上ほど

長男(当時7歳)次男(当時5歳)を連れて、

地域の保健師が主体となった「性教育」の講座に行った。

 

 

この講座では

小学生(確か低学年)向け、保護者も一緒に学ぶ

何回かに分けて開催され「生きる」講座であったことは記憶にある。

 

 

当時の子供達が「講座を受けたい」と言ったわけでは当然無い。

私が「受けた方がいい」と半ば一方的に率先して申し込み

母子3人で参加した。

 

 

 

 

1 教育としての性

 

小学生向けだったので、とてもわかりやすかった。

 

体の仕組みや男女差、思春期になったらどうなるのか?

どうやってあなたがこの世に生まれてきたのか?

他人に「NO」ということの大切さ、など。

 

生/性は尊い、母としても勉強になった。

 

 

ただ、どうしても家庭で実践できそうも無いことも、正直あった。

この場では気恥ずかしく(未だ)書けない。🙏

 

それは、家庭内で子供に体のある部分を恥ずかしげもなく言うことだ。

親から言うことが子供への教育と、ばかりに。

 

確かに親が見本を示さければならないのは、わかっている。

だた、どうしても私自身の気持ちがついていけない。

私の性教育といえば

小学生高学年で体育館で女子だけ集められ生理の説明と教育、せいぜい保健体育での授業くらいしか記憶にない。

 

そこからひとっ飛びに、

家庭で恥ずかしげもなく言うのはどうしても、どうしても、抵抗があった。

 

 

 

 

 

2 性教育を受けた子供たち

 

それから15年以上も経つ。

 

子供たちは性教育をのことを覚えているだろうか?

(こんなこともフランクに話せないのだ)

覚えていても覚えていなくても。正直あまり関係がないように感じる。

その後2人の下のきょうだいが生まれ、その子達は性教育講座には参加していない。

 

 

この講座が無駄だったとは思わない。

 

けれど学んだことを持ち帰り、家庭で実践できなかった。

これは異性だから?

娘には生理のことを恥ずかしげもなく言えるのに。

子供に「セックスはどうの」とか口に出して言えるだろうか?言えないだろう。

 

 

未だ、家庭内で性を話題にすること自体、タブーのような気がしてならない。

家族が集まる食事中のドラマでも、キスシーンになったら急にぎこちなくなり恥ずかしくなるくらいだ。

うちだけじゃなく、ほとんどの家庭がこうじゃないか、って想像する。

 

 

 

 

 

3 夫婦で伝えていく「性」

 

じゃあ、家庭内で私たちができる「性」の伝え方は?

 

 

あれから色々考えた。

実は、フツーに暮らす日常から性教育は始まっているのでは、と思った。

 

 

夫婦の仲をよりよく。

これに尽きる。

 

 

なまじ簡単なことではない。

けれどできそうなことはありそうだ。

 

 

妻が洗い物をしている時に、横に立ち“何も言わずに”夫が布巾で洗った食器を拭く

子供ばかりに目を向けずに、たまには夫とコーヒーを飲んだり喋る“時間を作る”

超当たり前のことだが、一番身近であるパートナーに感謝と笑顔を“枯らさない”

など。

 

 

 

子供が「この世に生まれた意味」いわば性教育の根本を理解するのは

 

 

夫婦(子供にとって親)が支え合っている姿を見る

 

 

子供への教育以前に、

夫婦お互いが信頼して暮らしていること。

 

これが子供への影響になる事は子供時代を過ごした自分自身がよくわかっているはずだ。

 

 

 

手を繋ぐとか「愛している」と言葉での愛情表現もいいが、

それは結果の上に成り立っているものであって、

実にうわべだけのものだろう。

 

 

 

血が繋がっていないからこそ、それなりの地道な「努力」は必要なのだ。