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2026.02.21意気込むと仕組みが【崩壊する】家事

 

 

 

あまたの、家事術や家事テクニック、など。

 

家事の情報に「溺れて」いないだろうか?

 

 

真面目な人ほど「ちゃんとやらなきゃ」と意気込むが、

うまくいくもの、そうでないものがあると思う。

 

 

また、時間経過とともにライフスタイルが変わったり、

子どもの成長とともに家庭内の家事の状況が移り変わる。

 

 

 

 

 

1 役割分担

 

父はゴミ出し、子供は食後の皿洗い、私は、、と

家族間で、家事の役割分担をする。

 

 

最初は守るが、すぐに崩壊する。

いつも在宅する時間が同じ、とは限らないからだ。

しかも家族全員が、となると、スケジュール調整は誰がするんじゃい!

 

「朝練が」「残業が」「塾が」と、

自分だけでなく何かと家族だって忙しい。

 

 

 

タイミングを待てるのなら、いい。

 

けれど、待つほど家事の細かい作業は待ってくはくれない。

 

シンクに溜まった山になった食器を横目で「当番」を待つほど寛容な私ではない。

イライラするのが関の山、なのだ。

 

 

誰がその家事、引き受ける?

「なすりつける」ために分担したのではない。

 

当たり散らす前に自分がやってしまう方が、精神的に楽だ。

 

 

 

 

 

2 ルール作り

 

「使ったものは元の位置に戻す」

ごく、当たり前のこと。

 

私には子供が4人いるが、

 

特に上二人に関しては

「おもちゃはこの棚に」

「トランプはこの箱に」

「学習の時間は何時から、このページをやりなさい」

ルールに縛られていかに窮屈な家庭だったか、あなたにも想像ができるだろう。

 

 

三人目からはルールなんて言ってられなくなった。

それよりも、自分が決めたルールさえも守れない自分に「気がついた」

 

苦手な人が前から歩いてきたら、知らん顔をして挨拶をサボる、

子どもには制限をしていたスマホだが、夜にも朝にも布団の中でスマホを見る、

子どもを前に「できる親」を演じ、虚勢を張る。

 

 

できないのは、私だ。

こんな恥ずかしい親が、子どもにルールを説けるだろうか?

 

 

偉そうには言えないが

ルールは作るものではなく、身につけるもの。

 

 

 

母から言われなくても、

 

自ら

参考書は机の上に立てて並べ、

不要なデスクライトはクローゼットの中に仕舞い、

棚にフックをつけてバッグ収納を作ったのは、

ルールを一切強制されていない、三人目の子ども、だ。

 

 

ルールを強制すればするほど、自立を奪う。

 

 

 

 

 

3 お手伝い

 

じゃあ、どうするか?

 

虚心坦懐、できない自分を曝け出そう。

 

お手伝いをして欲しい?

もしそれを願うのなら、頼もう。

 

 

「今電車の中。帰りが遅くなるから、洗濯物畳まなくていいから取り込んでおいて」

状況と具体的な内容をセットして。

 

 

 

子どもは自分の世界がある。

 

子どもは洗濯物のことなど、常に頭に入っていない。

何度も同じことを繰り返し伝える。

 

「洗濯物を取り込んでおこうか?」子どもから一度も言われた事がない。

もし、そんなこと言われたら逆に「え?!どうした?何かあった?」と不安になる。

 

 

それでいいのだ。

 

 

やらされた感でやったものは、当然身につくわけがない。

 

 

 

 

 

お互い

淡々と、暮らしていくのだ。