
仕事のスケジュールの関係で
娘の通っている中学校に提出した三者面談の希望を変更依頼したく
担任の先生に連絡を取ろうと思った。
が、最近の学校は夕方の電話は(働き方改革で)受け付けていない。
それに、日中は授業中だったり、生徒たちの対応で忙しいであろう。
スケジュールが合わない。
そうだ、手紙を書こう。それを娘に渡してもらおう。
原始的な方法だが、これがまあいいだろう。
そう思って娘に「先生に手紙渡してくれる?」と先に伝えたら、
「これがある」「ここに書けば?」と私に渡してきた。
生活ノート。

子供の学習や生活の様子がわかるもの。
以前、学校の懇談会で先生が「ご家庭でもノートを見てくださいね」と言っていたが
当然?っちゃ当然、これまで4人の子供達は見せたことがない。
そのため机の上にある、生活ノートをこっそり見る、なんてことも。
今回
連絡帳代わりとしても使える、と娘が提案しそれに乗っかった。
娘は「疲れた、しか書いていないけど」
と言って私に渡した。
なんじゃこりゃ。
本当に「疲れた」しか書いていない。



流石にこれまでの3人の兄たちは少しはマシ、だった。
「疲れた」のほか「学校嫌だ」「めんどい」
しかも「まじで」がいつしか「まぢで」に変わっている。
そんな言葉遣い、アリか?!

これって先生に見せるもの、だよね??
こんな殴り書きのメッセージにご丁寧に先生からの返信もある。
(先生ありがとう)

うちの末っ子の娘は
毎日毎回、家の中で「学校嫌だ」と言っている。
ご飯を食べている時も、風呂に入る時も、食器を下げる時も。
約1日30回はため息と共に吐き出している。

家だけだと思ったら、学校でも言っているようだ。
「学校行きたくない」
オオカミ少年のように何度も(ウソでは無いだろうが)言われると
こちらも慣れてくる。
一応笑って反応だけはする。
「そうね」「わかるわ」「ママも仕事行きたくない」など。
「そんなら、学校休んじゃえば?」「いいよ行かなくて」
やべーのは私の方か?

一回(長期でも)は休んで本人が考えればいい、と思っている。
そんなに行きたく無いのなら休む方法だってある、と。

けれど彼女はこれまで小学校も累計して皆勤賞だ。
そしてその記録を更新しようとしている。
学校の何が嫌か?
聞いたら
「勉強が嫌」がトップ。
次点?で人間関係の煩わしさ、など。
そして
「1日でも学校を休んだら授業についていけなくなるから(仕方なく)学校に行っている」とのこと。

その一点だけで、
彼女は蜘蛛の糸のように心を繋ぎ止めている。
芥川龍之介の『蜘蛛の糸』のごとく、
地獄から這い上がるためにお釈迦様から出された一本の糸を掴んでいる。
一生続くであろう苦労(受験や仕事など)も下界にまだ引っかかっている。ことも
(3人の兄たちの存在で)理解している。はずだ。

プツッと切れる糸を切らないでいるのは、娘自身が選んだこと。

「ただ言いたいだけなんだよ」
「嫌だと言うことで発散している」
夫が私に言う。
それを聞いて「そうだよなぁ」と、毎回気持ちを落ち着かせている。
フツーなら心がざわつく。
逃げ場がある生活ノートの存在と、
呆れても構わず寛大な担任の先生の懐の深さに感謝しつつ
スケジュール変更依頼の手紙を書く私であった。