
人と会う予定が突然キャンセルになる。
行きたいお店に行ったら閉店してしまった。
勝算があったが奇しくも負けてしまった。
など。など。
自分が「こうしたい」「こうなればいい」望んでいたことが叶うことなく
スケジュールが変更、思い通りにならなかった事態になってしまうことは、人生においてよくある。
直後は「運が悪いなあ」と落ち込みそうだが。
ここ最近は考え方をあらためている。
なんとなくミラクルを感じさせる、偶然という言葉。
私は単に偶然を信じない。
もしあるとするならば
偶然は必然の延長にある、と思っている。
出会いたいと思っていた人に道端でその人に出会った。
困った時に誰かが手を差し伸べてくれた。
欲しいものが臨時収入で手に入った。
など。
私だけでなくあなたにも心当たりはあるかと思う。
これも偶然のようで、必然の延長、ではないだろうか。
何が言いたいのかよくわからない?
会いたい人に会うのは、願っているだけではだめだと思っている。
実際に会いたい人に会えるようなアクションを起こしているはず。
すでに一度はその人に連絡をしていたり。周りにその人のことを聞いていたり。
困った時に誰かが手を差し伸べてくれるのは
その時に困った雰囲気を醸し出している自分自身であり(決して悪い意味ではない)
隙がある、人が助けたくなる放っておけないあなた、なのかもしれない。
欲しいものが手に入るのも、自分の努力そのもの。
棚ぼた、なんてハナからアテにしていない。
日頃から仕事を頑張ったご褒美として臨時収入がある。
そのお金で欲しいものを自ら手に入れるのだ。
努力・根性だけでやっていく、ということではないが
結局、自分の行動一つ一つが、結果を招いている。と言ってもいい。
人と会う予定がキャンセルになったことも
その人やタイミングとは「ご縁がない」と思えばいいし、
そのキャンセル分の時間を自分の有効な趣味に充てることも可能。
閉店してしまったお店も、その場で他の店をあたってみて、
その店が意外にも大当たりの店、かもしれない。
むしろそれをきっかけで新しい出会いがあるかもしれん。
勝つと思っていた大勝負。
9回裏で大逆転された。
どこか自分におごりがあったりして、油断してはいなかっただろうか。
こう考える。
努力しても、準備を万全にしていても、
上手く行く事もあれば、上手く行かない事もある。
自分の都合ほかならない。
ジタバタしても結果は変わらない。
ここはドーンと構えて臨んでみようじゃないか。
自分で運はコントロール可能だろう。
これも思考と行動がセットになり、日常を作る。
いつしか
自然と前を向ける自分に気がつくはずだ。