
昨日で修了式の学校も多いだろうか。
学年末に持ち帰る、通知表。
テーブルの上に置きっぱなし?
後から見ようと思っている?
仕舞うスペースにお悩み?
ざっと通知表に目を通すだけの
“儀式”のようになってしまった最近だが
改めてこれまでの子育てを振り返るきっかけになった。
リビング一角にある、納戸。
保管書類があり、その中でも子供たちの通知表は
文字通り、ファイルボックスに“突っ込んで”ある。

通知表をざっと見たら、ファイルボックスに直行するのだが
そのファイルボックスの中身が雑然としていた。
これまで「ただ入れるだけ」になっていたので改めて
整理をすることにした。
一つ一つ目を通す。
要らないと時間を経て思ったもの。
例えば
・学級担任からの「縄跳びできました賞状」など
・折り紙で書いたサンタさんへの手紙
・誰が作ったかわからない紙のカーネーション
などなど。
おそらく全て子供が小学校低学年の頃にもらったものだが
子供にしてみれば「なにこれ?」ってやつだ。
そして親である私も「もういいか」と判断し、処分した。
時間が解決する場合も往々にしてある。
以前、子供の中学の進路説明会で
「高校受験の際の内申書で、通知表が必要になるので捨てないように」
と先生からのお願いがあった。
捨てる方も中にはいるかもしれないので、参考までに。

ちなみに
高校生になってからの通知表は一枚の紙っぺらの用紙。
「これが通知表?!」てな具合に。
記載されている内容は、
各教科ごとの評価/評定/単位取得、出欠の記録、他に部活動、委員会。のみ。
小中学校にあった日頃の様子、などは一切ない。
さて、捨てることなど微塵も考えない、通知表だが、
我が家には4人の子供の分、小学生の頃から大学生になるまで
手元にはざっと60以上もの通知表をご丁寧に?保管している。

子供達は通知表のことなど気にしていない様子だ。
それどころか、捨ててもいい。くらいに言っている。
受験で必要なのはもっともだが、
それ以上に捨てられないのは親の方だったりもする。
もらった直後は目を通すが、それ以降はほとんど手に取りもしない。
「通知表っていうのは、先生の主観でしょ」
以前は、かなり斜に構えていた部分も正直ある。
けれど読み返すと、あることに気がついた。
先生の主観でありそうな「日常の様子」は
基本昔から変わっておらず、悪いことはまず書いていない。
それどころか親である自分は
当時、子供達の欠点ばかりに目を向けていたことに大きく反省した。
例えば
算数が前期よりも低くなったとか
二重丸の数が少ないとか。
それよりも
担任の先生からの
困った時に友達を助ける、とか。
授業中積極的に手をあげる、とか。
きょうだい似ているところや違いを見てみるのも面白い。
当たり前のことでも、
十分褒めてあげられることはたくさんあったはずだ。
学習は自ら覚醒する時がある。
けれど子供の資質を伸ばすことができるのは、
学校だけでなく家庭での接し方じゃないか、と今更になって思うのだ。

久しぶりに昔の通知表を眺めてみるのも悪くはない。