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2026.06.12【家庭円満】になるために捨てたもの

 

 

 

最近、家族の仲がしっくりしかない?

 

 

更年期症状や、子供の思春期、親の介護など。

ちょうど私たち50代あたりにはライフステージの変化だけでなく

心も変化も訪れる。

 

「これでいいんだろうか?」

 

今までやってきたことに少々戸惑いもあることも。

 

 

「これでいい」

断言する。

 

 

家庭円満になるために私が捨てたこと。

 

 

 

 

 

1 詮索すること

 

親なのだからと、色々聞きたくなるが

子供が少しでも嫌な顔をしたらそこからはストップ。

また逆に話したがる様子があれば、聞き出す。

 

当たり前のことが当たり前にできていない時がある。

 

結局詮索するのは、子供が心配というより、自分が心配だから。

自分の欲を満たすために聞き出すことも経験上多くある。

 

そのため、子供からは信用を失うことも。

「ママに言ってもめんどくさいことになるから言わない」

 

 

家族なんだから、親だから、夫婦なんだから、という「過信」はここでは終わりにしたい。

まずは夫婦から建て直しを。

 

 

 

 

 

2 過度な期待

 

「期待しているよ」

私はこの言葉で会話を終わらせることがよくある。

 

これは家族よりも他人様に向けての言葉が多い。

自分がそうであるように

「期待している」人がいる、ことで相手のモチベーションが上がりそうな気がするからだ。

実際はどうかわからない。

けれど「おっしゃ、あの人が応援してくれているから頑張ろう」となるのは私だけではないはずだ。

 

こちらが「期待している」意思表示をすることは、相手にプラスの意味もある。

 

 

境界線が難しいのは過度(無駄と言ってもいいかもしれない)な期待。

 

夫が家事を手伝ってくれるはずだ。

子供がテストの結果を出すはずだ。

 

過剰な期待は相手のモチベーションを潰す。

それは「相手都合」ではなく「自分都合」だからだ。

 

家族には「期待している」とは言わない。

そんなことは、言わなくてもすでに伝わっているからだろう。

 

 

 

 

 

3 完璧になろうとする

 

今考えると、自分でも信じられないが

以前は

いい妻、いい母、いい嫁、であろうとしようとしていた。

 

なんでもできる、優しくて、スマート??

 

そんな人いるか?

いるかもしれないが、私には到底高い壁なのはたしか。

 

 

これは、4人目子育てで、とうとう諦めた。

「ポンコツすぎる」

身の丈がわかった。

 

何もできない。

何も持っていない。

何も知らない。

 

 

自分自身を理解したことで

家族に対しての接し方が変わった。

 

できないことを笑いのネタにする。

「偏差値40でも生きていける」と笑う。

子供は

「ママ、よく生きてきたね」と笑って返す。

 

将来への不安も少しは解消されるといいのだが。

 

 

それでいいのだ。

これがいい。

 

 

実感としてできない母/妻がいることで

家族が助けてくれる。

これは相手にすがって生きる依存ではなく、

お互いが自立しながらの協力。だ。

 

 

 

何かを得ようとするのではなく、

何かを手放すと、新しい価値観が生まれる。