
最近、家族の仲がしっくりしかない?
更年期症状や、子供の思春期、親の介護など。
ちょうど私たち50代あたりにはライフステージの変化だけでなく
心も変化も訪れる。
「これでいいんだろうか?」
今までやってきたことに少々戸惑いもあることも。
「これでいい」
断言する。
家庭円満になるために私が捨てたこと。
親なのだからと、色々聞きたくなるが
子供が少しでも嫌な顔をしたらそこからはストップ。
また逆に話したがる様子があれば、聞き出す。
当たり前のことが当たり前にできていない時がある。
結局詮索するのは、子供が心配というより、自分が心配だから。
自分の欲を満たすために聞き出すことも経験上多くある。
そのため、子供からは信用を失うことも。
「ママに言ってもめんどくさいことになるから言わない」
家族なんだから、親だから、夫婦なんだから、という「過信」はここでは終わりにしたい。
まずは夫婦から建て直しを。
「期待しているよ」
私はこの言葉で会話を終わらせることがよくある。
これは家族よりも他人様に向けての言葉が多い。
自分がそうであるように
「期待している」人がいる、ことで相手のモチベーションが上がりそうな気がするからだ。
実際はどうかわからない。
けれど「おっしゃ、あの人が応援してくれているから頑張ろう」となるのは私だけではないはずだ。
こちらが「期待している」意思表示をすることは、相手にプラスの意味もある。
境界線が難しいのは過度(無駄と言ってもいいかもしれない)な期待。
夫が家事を手伝ってくれるはずだ。
子供がテストの結果を出すはずだ。
過剰な期待は相手のモチベーションを潰す。
それは「相手都合」ではなく「自分都合」だからだ。
家族には「期待している」とは言わない。
そんなことは、言わなくてもすでに伝わっているからだろう。
今考えると、自分でも信じられないが
以前は
いい妻、いい母、いい嫁、であろうとしようとしていた。
なんでもできる、優しくて、スマート??
そんな人いるか?
いるかもしれないが、私には到底高い壁なのはたしか。
これは、4人目子育てで、とうとう諦めた。
「ポンコツすぎる」
身の丈がわかった。
何もできない。
何も持っていない。
何も知らない。
自分自身を理解したことで
家族に対しての接し方が変わった。
できないことを笑いのネタにする。
「偏差値40でも生きていける」と笑う。
子供は
「ママ、よく生きてきたね」と笑って返す。
将来への不安も少しは解消されるといいのだが。
それでいいのだ。
これがいい。
実感としてできない母/妻がいることで
家族が助けてくれる。
これは相手にすがって生きる依存ではなく、
お互いが自立しながらの協力。だ。
何かを得ようとするのではなく、
何かを手放すと、新しい価値観が生まれる。