
娘(中1)が映画を一人で観に行くようになったのは、ここ最近のこと。
休みの日に、一人で電車に乗り映画館に行く。
鑑賞しやすいポジションのお目当ての座席を選び、
大人の行列に並んで、券売機でチケットを購入する。
楽しい時間を、と親は願う。
ポップコーンやジュースもパンフレットも買える、私からの軍資金を渡す。
何日も前から楽しみにしていた映画だ。


私「パンフレットも買えば?」
娘「いや、いい(要らない)」
私「遠慮してる?いいのよ買って」
娘「映画観終わった直後は、結構読むけど
時間が経つと全く読まなくなるから」
それは私も同じだ。
私「まあ、でもこんなに楽しみにしていたじゃない。
お迎えに行くから、その時にパンフレット買ってあげようか?」
娘「うーん。もう、どっちでもいいや。それなら、どうぞご勝手に」
(呆れた様子)
これではどちらが親か娘かわからない。
ここまでの茶番を長々と読んでいただいたけれど、
あなたはどう思う?
「もっと(親に)甘えてもいいんじゃないー」
と、追い討ちをかけるように私は娘に話す。
それに対し、娘はしつこい母をスルーする。

今書きながら、何となくわかってきた事だが、
娘は親に遠慮しているのではない。
「本当に要らない」と思っているのだと。(気づくの遅っそ)
先ほども娘の口から出たように
「観た後は熱心にパンフレットを読むけれど、時間が経つと全く手に取らない」
その通りだ。
パンフレットを買うことが、良いとか悪いとか、そう言う話ではない。
若干13歳の娘は、自分の気持ちを冷静に俯瞰している。
そして、パンフレットを手に入れたいのは(今回映画を観ない)私の方、だった。
映画を観た、という“爪痕”を残したい。
そのためにパンフレットを買い、
「観ました」というレビューを書くのも爪痕を残したい、下心も多少はある。
それとは別に、私にとって
劇場パンフレットや美術展の図録は
「持っているだけで幸せ」な物なのだ。

棚に並んでいる、その形跡。
その書籍が増えれば増えるほど
「ああ、こんなにせっせと出かけて行ったのね、私」と
見ては一人ニンマリ、する。 え、キモい?
あとで見返すかどうか、はさておき。
家に物が増えて、こんなに喜んでいる片付けのプロ、って
世の中に私くらいだろう。
娘は倹約家といえば聞こえがいいが
一言で言うと「ケチんぼ」だ。
友人とのプリクラを撮った時には「このお金で漫画一冊買えたのに」と悔しがり、
推しグッズを買うためにネットで値段を調べ、貯金箱をひっくり返してはため息をつく。
中学生女子にしてはファッションもメイクも興味がなく、洋服も近所の量販店で満足する。
最近では、自身の通っている習い事のレッスン代が高額になった噂を同じレッスン生から聞き、
親の懐具合を心配し、深刻な顔で相談した先日だ。
大丈夫大丈夫。
「あなたのやりたい事だけは絶対潰さないからね。
“お金が無いから習い事は諦めて”は言わないから」と宣言した。

余談だが、
子どもの習い事や塾の教育費って本当にかかる。
うちは独立した子も含め、子供が4人なのでどこを減らし、どこに“投資”するか?
ここが家計のキモ、だったりする。
また、きょうだいにかけるバランスもある。
「自立した(稼ぐ)大人になって欲しい」
これが私たち夫婦の子育てのゴールだ。
ある意味しっかりした、ケチんぼ娘に育ったが、
今だに要らん物を買い続ける、どんぶり勘定の私。
一体、どこからこの金銭感覚が?と不思議に思うのだった。