
片付けをすると、本当に『幸せ』になれるのか?
片付けのプロとして、人さまのお宅を片付けて、
セミナーで、メディアで、活動し早12年。
300名以上のお客さまの相談に乗った事で、確信している。
片付けをすると、幸せになれる。
収納の中を全て出す。
片付けのプロを自宅に呼ぶ。
見ようとしなかった箱を開ける。
片付けをすると、
否が応でも触れたく無い事実に目を向けることになる。
これらは覚悟が出来ている。
恐る恐る保存容器の蓋を開けたら
変わり果てた姿になった味噌漬けの原型を留めない物体が。
「何故にここまでにしてしまったのか?」
一緒に大笑いした事がある。
落ち込んで何になるのだ?笑うしかないのだ。

嫌な事から立ち向かうのは、
あなたが一回りも二回りも成長する、と言うこと。
弱みをさらけ出せる人は、強い。
「家族が片付けてくれない」
そう言っているうちは片付かない。
片付かないのは家族のせい?
そうだろうか。
まずは自分に目を向けよう。
・使った物を元に戻している?
・買い込んで他の部屋にまで侵蝕していない?
・粗大ゴミのシールを買おうと思って一年以上経っていない?
などなど。
家族が片付けて欲しいなら、自分から。
一番の特効薬だ。

それにしても、子供がいる事で
「自分の思い通りになんてならない」ことばかりだ。
片付けて。と言った所で片付けてくれただろうか。
我が家では20歳すぎた子でも、私と一緒に片付ける。
これは私がヘンタイなだけではない。
彼らもまた面倒な事は1人ではやりたくない。のだ。
「ったく、しょうがないなぁ」と言いながら
コミニケーションをはかる。
恥ずかしながら、片付けしかできない母には
これくらいしかアテになることはないのだ。
他人を許せる人は、自分も許せる。
「知りません」「できません」「教えて下さい」
大人になってから言える?
最近の私は、と言うと
すっかり“バカ”が身についた。
自信を持って“バカ”と言える。
それは50過ぎでもろもろ吹っ切れオバさんになったから、と言うのもあるが
1でも2でもお伝えしたが、
ようやく出来ない自分をここに来て認めた。

持ち物は何にもない。
両手はいつでも手ぶらで掴める。
これまで
背伸びし、突っ張って、踏ん張りながら生きてきた。
「母だから」「大人だから」「世間が求めているから」
と思い込み、
これらは全て自分で勝手に決めた鎖に過ぎなかった。
辞めた。やめた。止めた。
頑張る事は時に大切だが
出来ない事が多いポンコツには
さらけ出し、人を認め、バカになる事で
幸せになった。
知識はあるが行動に移せない?
いつまでも片付けが頭にある?
片付けさえできれはと思い込んでいない?
何より
クライアントが片付けた後、また何年もお付き合いのある方の表情が変わる。
今日もまた片付けをしに行く。