
心に余裕が欲しい。
いつもそう思う。
けれど「時間がない」を言い訳に、つい後回しにしてしまう。
ならばと、
何年も前に思い立った。
余裕を作るためには、時間が必要。
どうすれば?
時間を作るために、まず私がやったことは
人付き合いを極限にまで減らした。
仕事での付き合いは避けられない部分も多くあるので
その代わりに
友人関係を切り捨てた。
というと言い方は悪いが、本当だ。
例えば、道でばったり会った/すれ違った友人(主にママ友)と
30分くらいは子供の話で「ああでもない」「こうでもない」と立ち話をすることも多かったが
それをやめ、挨拶に留めた。
ただ挨拶をすればいいってもんじゃない。
これまで以上の「笑顔」をもれなくつけた。
どんな人にも。
ずるいことだが、
話さないことと引き換えに、自分の印象を変えたくなかったからだ。
端的にいうと“人から嫌われたくない”
とは言え相手がいることでしょう、
“話さなきゃ繋がれない”と思っていたが、
実際やってみて分かったことだが、そうでもない。
案外お互い挨拶だけで関係は築けるものなのだと思った。
後ろめたい気持ちは全くなく
むしろ“挨拶だけ”の方が後味も清々しい。
目的通り、時間は作れた。
とは言え、
お互いの時間のある時は話す。そんな友人は一人だけだ。
話して気持ちがいい人とだけしか話したくない。
強烈に今思っていることだ。
無理して相手に合わせることも、自分を取り繕うこともない、友人。
その人とも普段は滅多と会わない。ばったり会ったときに一気に盛り上がる。
近所の友人で話せる人は一人だけ、ということになる。
子供が小さい頃は、ママ友たちとランチによく行っていたが
それも今やゼロ。
そもそも、昔から友人は少ない。
一人でいることを好み
一人になりたい、といつも思っている。
でも、
“味方”はたくさんいる。
味方は同じ属性ではないことも多い。
男性だったり、年上や年下だったり、
子供を介さない付き合いだったり、付き合いの年数も短い人もいる。
様々な人との出会いの中で
「困ったときに助けてくれる」味方だ。
先日ある人から
「はい、これ」と手渡されたビニールに入ったいくつかの野菜。
中を見たら、大根やきゅうりが入っている。
「?え、これもらっていい?の」
「うちで獲れた野菜。もらってって」
ちょうど野菜室の中が少なくなってレシピを考えていたところだ、
まさに我が家の食卓の“救世主”
また先方にしても、
作っても大量に余った捨てる野菜をもらってくれる“救世主”らしい。
「めっちゃ助かる。ありがとう」
心からの笑顔が出てくるのが自分でもわかる。
人間一人では生きていけない。
友人はいなくても、味方がいればいい。
それも方々にいることで私の心は安定していくのだ、