
どんな人間も集中力が途切れる瞬間がある。
隙を狙った見事なスリの手口。
ハラハラと次が気になり、ページが止まらない。
『掏摸(スリ)』
中村文則 著
河出文庫
読書の一番の面白さ、と言ったら
他人の人生に触れる。
このことに尽きる。
半径100メートル圏内でしか生きられない自分は
読書によって、知らなかった世界に飛び込むことができる。
旅をする、と言ってもいい。
『掏摸(スリ)』もまた然り。
以前まで、闇社会などをテーマにしたこの手の話は、全くと言っていいほど興味がなかった。
が、裏表紙のあらすじを読んでいるうちに自分の求めているものと合致した。
スルことの快感を覚えた、少年期。
そこから東京を拠点に“仕事”としてのスリ師としての生き様。
そして後半には。。
テンポが良く、一行目から時間を忘れ読み、思わず電車を降り過ごしそうになってしまう。
まるで一本の映画を観ているような、エンタメ要素の強い作品だ。
本書の文章と自分の想像力、たったこの2つだけで人を惹きつける内容なのだ。
P105・・・・・
「人間はいつも集中しているわけじゃない‥‥‥。1日のうちに何度も、意識が散漫になる」
「うん」
子供は、なぜかさっきの喫茶店の、色のついた紙のコースターを持ってきていた。
「誰かに名前を呼ばれるとか、大きな音がした時、人間の意識のほとんどはそこに気をとられる。さっきのお前も実際、ホームレスに気をとられていた。人間の認識には限界があるんだ。もっと言えば、息を吸っている時と止めている時の人間は敏感だが、吐く時は弛緩する」
・・・本書から抜粋・・・・・・・
スーパーで偶然出会った、スリをしている親子の子供を監視の目から助けることから懐かれ、
主人公の後をつけ回してくる少年にスリの手口を伝授する。
スリの手口は実に巧妙に描かれており、哲学的でさえもある。
しかしながら、全体的な印象として
あえて「語らない」部分も多くあり、至って男性的な小説であることは間違いない。
この本を読んでいて、とても情緒的だと感じたのは
心の内では「僕」。
誰かと話す時に使う言葉は「俺」。ということ。
この本書の真髄なのでは?と思ったほどだ。
この2つの「僕」と「俺」が混在した物語の中で
小さい頃の原風景に「塔があった」という16章の出だしがある。
塔は彼の中の“絶対的な存在”として生き続けている。
もしこの世に善と悪が切り離されて存在するとしたら、
かつての自分を見つめるような眼差しで少年と触れ合っていたのだろう。
それは悪の社会の中でもがく、自分との対峙をしていることではないだろうか。
誰しも、紛れもなく私も
自分のことを“善”しかないように感じているかもしれないが
そうではない。
“悪”も必ずや存在し得るものなのだ。