
三男一女4人の子育ても、はや23年。
子育てで過ごした、半生。
周りの人との調和、自分の思い込みで行動したこと、怒らなくていいことまで怒っていたこと。などなど。
振り返ると、無駄なことだらけ。だった。
振り返りたい。
「帽子被らないの?こんなに暑いのに」
見ず知らずの年配の女性が声をかけてきた。
第一子が1歳頃だったろうか。
22年以上も前のことだ。
夏の暑い日、公園に子供を連れて出かけた。
その時に声をかけられた。
今でこそ、いろいろな子供の子育ての事情やパターンを知り得た私は
そんな声など適当にスルーしても良かった、はずなのだが、
その時は第一子でガチガチの母親像を勝手に描いていた。
「はあ、でも子供が嫌がって被らないんです。。」と気弱な私。
何度も子供に被らせようとして脱ぎ捨てられる事実に、折れかかっていた頃にこの言葉を。。
「そう、でも可哀想よ」さらに上書きされるように言われた。

子供が帽子を被りたがらない、なんてよくある話だ。
その場からさっさと逃げて、
「うるせー!!」と心の中で思っていればいい。
それができなかった。
あなたにもご経験はないだろうか?
第一子の子育ての理想は、高すぎる。
育児書を産後に夫からプレゼントしてくれた。
のはいいのだが、それが長く私を苦しめた、
母親の笑顔が子供を穏やかにする。とか。
触れ合う時間が長ければ長いほど子供を健やかに育つ、とか。
絶対母乳、ミルクなんて考えられない。とか。
ウソだろ?!
今なら突っ込める。

けれど、当時は、そこに「すがること」でいい母親になろうとしていた。
夫には悪いが、これは本当に私にとって「悪」だった。
確かにそうよ。
子供を愛すれば愛するほど、一緒にいればいればいるほど、子供は健やかに育つ。はずだ。
けれど、一番大事なのは、子供も大事だが
その前に、自分自身を愛せなかった、ことが最大の落ち度、だった。
読めば読むほど「こんな母親でごめん」といつも落ち込み、泣いていた。
今でこそ胸を張って大きな声で言いたい。
夫を子供に預けて家出する時間、母乳が出なくても育つ、保育園に0歳から預ける後ろめたさ、
全てこれでいい、のだ。
正しさなど必要ではなかった、
欲しいのは。。。
とやかくいう人間は全て敵?
人間不信にもなりかねない。
誰も、もう信じられない?
そんなことはない。
育児に困った時に必要な声、は
小児科の医師、保健師、助産師、保育園・幼稚園の先生、方から救われた。
今でも何度も深く感謝する。
子育てのプロの意見は、冷静かつ的確で、
しかも
厳しくても「私のことを思ってくれる」ものばかりだった。

何気なく思ったことを口にするもの、ではなく
言った先に、子どもだけでなく母親の育て方まで言及したものが多かった。
必要なことは、
私から動いて手に入れたものだけ、信じればいい。
外から不意に投げられたものは、避けるなり、打ち返してもいい。
今思えば、受け止めなくていいものばかり、だった。
自信ってこうやって身につく。
人の意見なんかに流されない。
自分の信じたものだけ、突き進めばいい。
他でもない、自分の子供を愛し育てるために。