
先日、仕事帰りに銀行のATMに向かった。
そこはATM専用で、2台しかない小さなATMだ。
年末のごった返した駅前の道路に、ATMからはみ出した列が出ている。
列は、通行人の邪魔にならないように、きちんと皆、秩序を守っている。
私も、その列の最後尾に並ぼうとした。
と同時に、反対側からATMに向かってきた男性とかちあわせになった。
お互い、だと思うが
向こうからATMに向かう様子を一瞬前から視界に入っており
「この人はこの列に並ぶだろう」とお互いに予測はしていた(はずだった)ので
なんとなくこの列の最後に早めにも並びたくもなったが。

さあ、どっちが早いか?
滑り込んで先に並んじゃっても、いいだろう。
そう思った後、のことだ。
その男性が
「どうぞ」と手を出し、列を譲るジェスチャーをしたので、
一刻も先を急いだ自分が恥ずかしくなった。
優しくされたら、こちらも「どうぞ」と譲りたくなる。
年末の忙しい時期。彼は駅に向かう途中に寄ったのだろう、と想像した。
仕事帰りにATMに寄った私とは対照的に、
これから出かける人だろう。連れの女性もいる。

「どうぞ」のラリーが3度ほど続いた。
結局、私が譲った。
だって急いでいないもの。っていうのは後付けだが。
恐縮した様子で彼にお礼を言われた。

こんな小さなこと、と思うだろうか。
大変恥ずかしい話だが、
相手の態度次第でこちらも「ムカっ」とくる時だってある。
例えば、
公共施設のエレベーターで
たまたまドア前に立っていたことで、
目的階に到着するまで、エレベーターガールのように(古!)
「開」「閉」「降りる階」ボタンを押し、
エレベーターに向かう人はいるのか、出る人はいるのか確認し、
最後に降りることになることは、あなたにもご経験があるかと思う。
そんな損を買ってでもしないで、エレベーターの奥に行けばいいじゃん。と思うかもしれない。
今はそんなことを言いたいのではない。

そのボタンを開けたり閉めたり、階を押したりする、ことで
降りがけの一緒に乗っていた人に、感謝の言葉をもらったりする。
こんなことはお互い様なのだが。
それでも声をかけてくれるのは嬉しい。
けれど、そんなことお構いなしに、ふわーっと何も考えずに無言で階を降りる人(ヤカラ)がいる。
その時は、やはりムカっとくる。
見返りを期待しているのだ。感謝されて当たり前という傲慢さもある。

この場合、相手に見返りを求めないで
「仕事」「無」「挨拶もできない可哀想なやつ」と思うことが正解なのだろうが、
未熟な私には、その境地に立つことは、きっと30年後も難しいだろう。
特に年末の忙しい時期。
とかく忙しいから、
一瞬でも早く事を済ませよう、とか。
人よりも先に手に入れたい。とか。
何かとセカセカ・イライラしてしまう。

「急いては事をし損じる」ともいうが。
急ぐというより「焦る」が近い。
焦っている時に起こす行動、というのは、
これまで52年生きてきてロクなことがない。
忘れ物をしたり、衝突したり、何かしら「抜け落ちて」いることが多い。
「急ぐ」ことと「焦る」ことは、違う。
焦ると、スムーズに事が進むどころか、大抵はマイナスになる。
冒頭でお伝えした、ATMでの他人のちょっとした「優しさ」から感じたこと。
いつも話しているが、収納に余裕を。
それと同じく
人間にも余裕を。
余裕がある人は美しい。