heya-koto

BLOG

2026.01.26鬱陶しい?【子育て期】外野の声を整理する

 

 

三男一女4人の子育ても、はや23年。

 

 

子育てで過ごした、半生。

 

 

周りの人との調和、自分の思い込みで行動したこと、怒らなくていいことまで怒っていたこと。などなど。

振り返ると、無駄なことだらけ。だった。

 

振り返りたい。

 

 

 

 

 

1 外野の声

 

「帽子被らないの?こんなに暑いのに」

 

見ず知らずの年配の女性が声をかけてきた。

 

 

第一子が1歳頃だったろうか。

22年以上も前のことだ。

 

夏の暑い日、公園に子供を連れて出かけた。

その時に声をかけられた。

 

今でこそ、いろいろな子供の子育ての事情やパターンを知り得た私は

そんな声など適当にスルーしても良かった、はずなのだが、

その時は第一子でガチガチの母親像を勝手に描いていた。

 

 

「はあ、でも子供が嫌がって被らないんです。。」と気弱な私。

何度も子供に被らせようとして脱ぎ捨てられる事実に、折れかかっていた頃にこの言葉を。。

 

「そう、でも可哀想よ」さらに上書きされるように言われた。

 

 

 

 

子供が帽子を被りたがらない、なんてよくある話だ。

 

その場からさっさと逃げて、

「うるせー!!」と心の中で思っていればいい。

 

それができなかった。

あなたにもご経験はないだろうか?

 

 

 

 

 

2 育児書のウソ

 

第一子の子育ての理想は、高すぎる。

 

育児書を産後に夫からプレゼントしてくれた。

のはいいのだが、それが長く私を苦しめた、

 

母親の笑顔が子供を穏やかにする。とか。

触れ合う時間が長ければ長いほど子供を健やかに育つ、とか。

絶対母乳、ミルクなんて考えられない。とか。

 

 

ウソだろ?!

今なら突っ込める。

 

 

 

けれど、当時は、そこに「すがること」でいい母親になろうとしていた。

 

夫には悪いが、これは本当に私にとって「悪」だった。

 

確かにそうよ。

子供を愛すれば愛するほど、一緒にいればいればいるほど、子供は健やかに育つ。はずだ。

 

 

けれど、一番大事なのは、子供も大事だが

その前に、自分自身を愛せなかった、ことが最大の落ち度、だった。

読めば読むほど「こんな母親でごめん」といつも落ち込み、泣いていた。

 

 

今でこそ胸を張って大きな声で言いたい。

夫を子供に預けて家出する時間、母乳が出なくても育つ、保育園に0歳から預ける後ろめたさ、

全てこれでいい、のだ。

 

 

正しさなど必要ではなかった、

欲しいのは。。。

 

 

 

 

3 大事なことは掴み取る

 

とやかくいう人間は全て敵?

 

人間不信にもなりかねない。

誰も、もう信じられない?

 

そんなことはない。

 

 

育児に困った時に必要な声、は

 

小児科の医師、保健師、助産師、保育園・幼稚園の先生、方から救われた。

今でも何度も深く感謝する。

 

 

子育てのプロの意見は、冷静かつ的確で、

しかも

厳しくても「私のことを思ってくれる」ものばかりだった。

 

 

 

 

何気なく思ったことを口にするもの、ではなく

言った先に、子どもだけでなく母親の育て方まで言及したものが多かった。

 

 

 

必要なことは、

私から動いて手に入れたものだけ、信じればいい。

 

 

外から不意に投げられたものは、避けるなり、打ち返してもいい。

今思えば、受け止めなくていいものばかり、だった。

 

 

 

自信ってこうやって身につく。

人の意見なんかに流されない。

自分の信じたものだけ、突き進めばいい。

 

 

 

他でもない、自分の子供を愛し育てるために。