五感を呼び起こす傑作。
幼少期から現在までの
「答え合わせ」をしたい方、必読。
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『帰れぬ人びと』
鷺沢 萠 著
(さぎさわ めぐむ)
文春文庫
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私が無知なのだろうが
世にはあまり知られていないかもしれない。
しかしながら、
名作中の名作だと言っていいだろう。
ここ最近読んだ本の中で最も
ぐわっと心を鷲掴みにされた。
読む手は止まることを知らなかった。
暮らし中の人間関係の交錯を描いた短編集。
人をテーマにした題材の作品は多くあるが
町の中、暮らしの中、家の中。が中心となる。
人物のディテールが極端に少ない。
どの作品も男か女か?年はいくつくらいか?どんな言葉遣いか?
などの大まかなアウトラインはわかる。
が、読み進めても最後まで
どんな服を着て、どんな髪型をして、どんな趣味嗜好があるのか?
その人となり一切の“余計なこと”が書いていない。
そこがいい。ものすごく、いい。
こちらの想像力を掻き立てる。
私だけでなく他の読者も、
きっと私と同じようなイメージを主人公に持つだろう。
そんな不思議な確信もある。
ガラスのお皿、家の間取り、商店街の賑わい。
主役は町であり、家であり、暮らし、なのだ。
過去の自分を振り返る瞬間が、いくつも描かれている。
・・・・・・
「夏になると、母さんがあのいれものにかき氷してくれてさ、好きだったのよ━━。
ああ、あのころがいちばんよかったなあ」
(p28 「川べりの家」より)
「━━昔の仲間に、たまにバッタリ出くわしたりするんだよ」
「ええ」
「いねえンだよな。あのころの面影ひきずっている奴なんて。川のむこうの住宅街に建て売り買って、ローンで頭いっぱいだったりするんだよ」
「‥‥‥‥」
「そういうのとさ、あのころと。奴らにとってどっちが本当だったンだろうって━━」
(p88 「かもめ屋ものがたり」より)
━━俺には故郷がない
(P162 「帰れぬ人びと」より)
・・・本文より抜粋・・・・・・
懐かしむと同時に、
それはそれで仕方がない、と割り切っている主人公の様子も窺える。
そこには人間の悲哀、剛健質朴な様子がストレートに描かれている。
食卓の上の苺、鼻から離れない街の匂い、
著書の中での「雲が凍っている」と言う表現。
見える景色や、嗅いだことがある匂い、甘酸っぱい味。
肌に触れる風。聞き覚えのある声。
感覚を、特に五感を感じる作品たち。
・・・・・・
どの町にも浸ることなく、根をはった「生活」を拒否して、飛び石を跳ね移るように転々としてきた英明のような人間には、町はほんとうの色を見せてくれないものなのかも知れない。
英明は立ちあがって窓辺に近づいた。窓を開けると、住宅街のまばらな灯りが空気の冷たいせいでひどくさえざえと光っているのが見えた。まだ緑の多いこのあたりは、夜は木々に覆われた山が真っ黒に見える。はるか向こうにある山の稜線が、地と空との境目をかすかに区切っている。
本書(p140 「朽ちる町」より)抜粋・・・・・・
どの作品もどんよりとした湿気がある。
カラッと晴れた天気では決してない。
だた、雲の隙間からの晴れ間が見える。
そんな作品だ。
昔を振り返って懐かしむのもいいだろう。