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ドラマ『阿修羅のごとく』
第2話 レビュー
きっかけは、朝刊の投書を知った四女・咲子が次女・巻子に電話をするシーン。
新聞の投書はこうだ。
・・・・・・
姉妹というものは、ひとつ鞘の中で育つ豆のようなものだと思う。
大きく実り、時期が来て弾けると、暮らしも考え方もバラバラになってしまう。
うちは三人姉妹だが冠婚葬祭でもないと滅多に揃うことはない。
ところが、つい最近、偶然のことから、老いた父にひそかに付き合っている女性のいることが判ってしまった。
老いた母には、何も知らず、共白髪を信じて、おだやかに暮らしている。
私たち姉妹は集っては溜息をつく。私の夫もそろそろ惑いの四十代である!
波風を立てずに過ごすのが本当の幸せなのか、そんなことを考えさせられる今日此の頃である。
・・・・・・・
三人姉妹という言葉に引っ掛かり、蔑ろにされたと次女の投書を疑う、四女・咲子。
しかし次女は投書していない。
次女は長女を疑う。夫の浮気をこっそりと伝えているのは長女・綱子だけ。
だが長女もそのことを知らない。
犯人が見つからぬまま、最終シーンに。真相はいかに?
実家に集まる娘四人。
それぞれの握り方で三角か俵形か?と
お互い、大人になったそれぞれの「暮らし方」を知る。
おにぎりを握りながら父の帰りを待つ。
父の愛人の子供が怪我をして、病院の見舞いで帰りが遅くなる。
娘たちが玄関で父を迎える。
父の顔には無精髭。
それを見て「かわいそうに。男は髭が生えて」という娘の言葉に「女はやつれるんだよ」という次女の夫・鷹男の反撃の言葉。
あっけらかんと会話するシーンは、父の浮気を心配しているのか?と思わせるほど軽快だ。
現実ってそんなもんだよな、と思わずにはいられない。
玄関で長女・巻子が毎朝新聞の景品の靴べらを見つける。
投書は母が書いた、と気づく。
縁側でその新聞紙を広げ、父が爪を切っている。
何も下に敷かない父に、母が爪切りの下敷きがわりに新聞紙を出す。
「男は爪が硬い」「踏んだら痛い」
と父に言う母のシーンがある。
「男も女も変わりはない」と父は言うが「そんなことはありませんよ」と穏やかに返す。
ものすごい。
このやり取りだけで、それぞれのアイデンティティがビシビシと伝わってくる。
女は男は、というと一部に嫌われそうだが、
女と男の対比がこのドラマの面白さだ。
また当時の昭和50年代の背景がある。
今では信じられないが、布団の中で寝タバコを吸う夫もアリだし。
専業主婦のトイレのドアに「使用中」の札を作って、それを家族にひっくり返させる、のとか。
新聞(やテレビ)が暮らしの中心にあって、“お茶の間”が活気に溢れていた時代だ。
夫の浮気をしらばっくれる妻も時代背景ありき、なのかもしれない。
しかし、
娘になりすまし投稿までする、ある意味面白がっているような母の強かさに
同じ女でありながら脱帽する。
時代は変われど、おそらくそれは変わらないであろう、
男が自由に生きているように見えて
実は後ろで手綱を引っ張っているのは女だったりもする。