
掃除機から異臭がしたのは1週間前ほどのことだ。
焦げたような、金属の擦れたような匂いがあった。
最近は歳のせいか自分の鼻もバカになりつつある。
「これって私の鼻が悪い?」自信がなかった。

二日前に、夫も掃除機から同じ匂いがすることに気がついた。
「これ(異臭)はちょっとやばいね」
掃除機をかけながら夫と話す。
話し声が聞こえないので、一旦スイッチを切って
私は掃除機片手に立ったまま、話す。
「買い替えどきかな」という夫。
「そうだね」と私。
話が終わり、
娘の部屋のデスクに広がっている消しかすを取ろうと、
ホースのヘッド部分を取り、口をデスクに向けて
スイッチを入れ直そうとした時だ。

ジジッーーーーー・・・・。
低い音と共に掃除機の息は途絶えた。
これまでの1週間ほど
異臭はしていたものの、
音や動きは変化は問題なかった。
まるで私たちの会話を聞いて、
掃除機自身が、ほっとして理解して役目を終えた、ようだった。
思わず二人で顔を見合わせた。
まるで人間、である。

ドラマでも、人から聞く話でも、
人間の最期、
力尽きてもう何も話せないような状態でありながら
最後の力を振り絞り「もういいか」「ありがとう」など。
家族に声をかけて最期を迎えるなんてことはある。
掃除機/家電は言葉を発することはできないが
この異臭こそが「もうダメだあ」とSOSを出していたのだと見方をすれば納得する。
(ただの故障だよ!と突っ込んでいるやつは誰だぁ?!)

また掃除機だけでなく、家電全般や家具も同じようなことがある。
使っているうちに、摩耗してくる。そして壊れる。

修理する?それとも買い替える?
買い替える、がほとんどだろう。
修理には買い替える同等の値がつく。
だから皆、買い替えるのだ。
けれども
それまで使ってきた家電が「かわいそう」な気持ちになる。
以前ロボット掃除機に名前をつけていたクライアントを思い出した。
まるで「家族」のような存在なのだ。
あなたにも、毎日暮らしに寄り添うような、家電や家具はあるだろうか?
そんな存在が、もし“最期”になったら?
世の中には、ミニマムな暮らしを優先し、
テレビや炊飯器などの、家電を手放す生活を送る人がいる一方で
家電がなければ生きていけない私たち夫婦なのだ。
掃除機のない生活なんて考えられない。
ホウキで家中のゴミやチリを取る?!いやいや考えられん。
その後、モップがけもするのだ。それが毎日だ。そんなことをしていたら気が狂いそうだ。

ロボット掃除機もまだ必要ない、と思っている。
自分で掃除機を愛でたい、とは言い過ぎか。
偏った考えだが
「家中ちゃんと使うことで愛着が湧く」と信じて疑わない。
自分も一緒に働きたい、のだ。
さて、ネットで注文した替えの掃除機が自宅に到着した。
紙パック式の、コードタイプの昔ながらの掃除機。

これまで、スティックタイプ、充電式、サイクロンなどの掃除機を色々試したが
一周回って、これがいい。

古い掃除機は不燃ごみの袋にまるくおさまった。
いよいよお別れだ。

同じ顔をした掃除機。
新しい家族として迎え入れる。