「絶対泣かない」という、本のタイトルなのに
本を読みながら、何度も泣いてしまった。
『絶対泣かない』
山本文緒 著
角川文庫
15の人生の『涙』の物語である。
職業を軸とした人間関係の機微を描いた傑作。
山本文緒さんといえば、
代表作2001年『プラナリア』(124回 直木賞受賞)を読んでから
ファンになり、一時期自宅の本棚には山本文緒コーナーがあったほど。
当時結婚して1年という自由な時間が多くあったため、どっぷりハマった。
その後リサイクルショップにこれらを手放したが、その中に
当然、この本もあったはずで、今回手に入れたこの本を
読んでいるうちに当時の記憶もぼんやりと思い出してきた。
今回、久しぶりに著書を手に取り、
2021年、58歳で膵臓がんで急遽した、山本さんの人生について思いを馳せた。
過去に雑誌のインタビューで山本さんは
子供の頃から運動神経が悪かったそうだ。
体育教師にも冷ややかな態度をされたことも記されてある。
p19
ものすごく見栄っぱり・・・・体育教師
私は県立高校の体育教師をしている。もう5年もやっている。
生徒たちからは「アケボノ」と呼ばれている。念を押すが私は女性だ。
(中略)
「めそめそ泣いているんじゃないっ」
私の怒鳴り声は、廊下の隅々まで響き渡る。
「いいか、あんたはね、すごく見栄っ張りなんだよ。ものすごくプライドが高いんだ」
私の言葉に、彼女は顔を上げた。涙で濡れた瞳の中に、ほんの少しだけ抗議の色が混ざっていた。
「違うって思うなら、そう言いなよ」
「・・・・・・違います」
彼女は蚊の鳴くような声を出す。
「いいや、そうだね。自分で気がついていないだけだよ。あんたは失敗してみっともない姿を人前に晒すのが嫌なんだよ。何でも人から褒められなきゃ気が済まないんだ。褒められないようなことは、最初っからやりたくないんだ。だから、苦手なもんをそうやって避けて通って知らん顔してるんだよ」
・・・・・・・本文より・・・
生徒を追い詰める体育教師のアキミ。
結婚願望がありながら、ご縁に恵まれない。
焦りもある。また自身の容姿や性格にも悩んでいる。
そんな時、お見合いの話が舞い込んでくる。
p27・・・・・・
熱心に話す彼に相槌を打ちながら、私は何故だかだんだん悲しくなってきてしまった。
人間というのは、何と欲が深いのだろう。私はしみじみ思った。私は目の前にいる男性を好きになりかけている。いや、もうたぶん好きになっているのだ。お茶を飲んで食事をして、それだけで十分だと思っていたのに、この人といっしょに暮らせたら幸せだろうなと思っている自分を発見した。
(中略)
「上田さんは体育の先生なんですよね」
彼が急にそんなことを言いだした。私はその話題にはあまり触れてほしくなかったので、曖昧に頷いた。
「井上ちさとを、ご存じですよね」
私は彼の言葉に、持っていた紅茶茶碗をゆっくりとテーブルに置いた。
「・・・・・え?」
「妹なんです」
そのとたん、私の脳裏に昔見た『キャリー』という映画の場面が過った。幸せの絶頂で、豚の血を浴びせられた可哀想なキャリー。でも私はキャリーではない。
「・・・・・そうですか」
私は閻魔様の前に引き出された罪人のごとく頭を垂れた。私はキャリーではなく、
弱い者いじめをして喜んでいた方の人間だ。もう駄目だ。井上ちさとの兄だったなんて。
(中略)
「僕はまだ身を固める気なんかまったくなくて、このお見合いも最初っから断ろうと思っていたんですよ。だから叔母が持ってきた上田さんの写真も、僕は見もしないでその辺に置いておいたんです」
「それを、妹が見つけましてね。あなただって分かったら『この人はすごくいい人だから絶対会ってみろ、会えば絶対気に入るはずだ』って言うんですよ」
「え?」
私は耳を疑った、何を言っているんだろう、この人は。
・・・・・本文より・・・・
この後、思いもよらない展開がある。
ここからはあなたが読んで「泣いて」欲しい。
山本さんの幼少期からのことを想像すると
体育教師に対して、いろいろな思いがあっただろう。
しかし、そんな不器用でありながら高圧的な女を最終的に受け入れた。
もしかしたら体育教師の女性と自分を重ね合わせたのかもしれない。と想像する。
ただのストーリーで終わらせない。
泥臭くも本質を突き詰めた
人間性が垣間見れる、山本文緒さんの作品だ。