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2025.12.29持ち込んでも【リサイクル】落ち込まない

 

 

大掃除で

押し入れや食器棚や箪笥引き出しから、出てくる出てくる、不要品。

 

 

使わないなぁ」

 

それもそのはず。

「いただきものだし、自分には趣味が違う」

 

とのことで

「一回も日の目を見ず」に、収納の“肥やし”化された物たち。

肥やしにも、なってもいない。

 

 

収納のスペースを圧迫し、本来入れたい物が入らなかったのだから、

むしろ早く家から出してあげたほうが良さそう。

 

 

ってことで、年末のリサイクルショップには

普段の休日よりも多くの人が訪れる。

年末の風物詩、と言っても過言ではなかろう。

 

時に、入店受付での行列や、査定に何時間も待ったりする。こともある。

計画的に早めの時間に訪れるなど、ちょっとした時間の工夫が必要。

毎年末には、私たち夫婦も例外なく訪れる。

 

 

今回はリサイクルしたものは、

絵本、衣類、食器、を数点。

 

年末に限らず、数ヶ月に一回は訪れる、

いつもの、リサイクルショップ。

 

年々は不要なもののアイテム数は減りつつあるが、

 

 

生きてりゃ、不要なものは常にある」のだ。

 

 

 

 

1 買取

 

店の買取カウンターに

「不要なもの」を紙袋ごと置き、受付する。

 

ざっと中身を確認した店員は

「食器は、未使用のものしか引き取れません。例えば箱に入ったもの、シール等タグがついたもの。など。もし引き取れない場合はお返しします。ご了承ください」

 

丁寧に事前説明を受ける。

 

ここで一つの覚悟ができる。

 

「高かったし当然それなりに“値がつく”だろう、という浅はかな考えを捨てよ」と

自分に(毎度)言い聞かせる。

 

 

高価だった=値がつく

 

とは限らないのだ。

 

 

 

 

2 値がつく

 

衣類、本、食器、

それぞれ合わせて300円程度。

 

申し訳なさそうな表情の店員とは対照的に

思わずカウンターで吹き出し、笑ってしまう。

 

それでいい。

いつもリサイクルショップに来て、値が「いかほどか?」を楽しんでいるフシがある。

今回はマックのコーヒー分くらいにはなったが

 

 

 

世間が「欲しているか」どうか?

 

 

いつもこんな感じの二束三文で、家から出た不要なものを買い取ってもらうが

以前、ほぼ未使用の5年以上前のスキャナーを3000円ほどで買い取ってもらったことがあり、

「そういう物に世間のニーズがあるのか」と感心したことがある。

 

 

私が価値があると思い込んでいるものと

世間が価値があるものの、違い。

 

 

ここには、世間と自分のギャップを埋める場所、でもある。

ああ、面白い。だからやめられない。

 

 

 

3 不要なものの行き先

 

私の前に並んでいた人が、店員から査定金額を提示されて、

「じゃあ、(買取を)やめます」と

一度査定してもらったおもちゃを持参したであろう袋に戻していた。

 

 

勝手ながら、想像する。

 

家の中で子供が遊んでいたおもちゃが、子供の成長とともに不要となり

思い切ってリサイクルショップに持ち込んだが、

思ったような金額には至らず、なんだか勿体無いような気がした。のか?と。

 

 

その気持ちもわかる。

 

 

けれど、またそのおもちゃを持ち帰ったら、

片付けた家がまた散らかる原因にもなりかねないかな。と余計なお世話を巡らせる。

 

 

ゴミに出すのだって袋代はじめ、手数料というコストがかかる。

家の中のスペースだって有限ではないはずだ。

ここまで来る時間や手間だって労力の一つだ。

 

 

 

人の価値ってそれぞれだなあ、と

300円を財布に入れながら、年末の買い出し急ぎ足の私であった。