あなたは今
何を思って何を感じているか?
重松 清 著
新潮文庫
主に子どもを題材にした、10の短編小説からなる。
テーマは、いじめ、差別、コロナでのマスク生活、など
どこにでも誰にでもあるような身近なテーマを扱っている。
隣国の話から雑草の話まで自分ごととして捉え、始終身につまされる。
と同時に
重松氏の小説はいつも私の心を解きほぐす。
眉間に皺が寄っている時に
重松氏の本を購入しているような気がする。
本屋でこの本を手に取り
何も考えず、レジに直行した。
一番最初の小説だ。
小学5年生の伊藤くん。
隣の席になった中村くんから「いいヤツ」認定を受け、嬉しくなる。
中村くんは目立つ存在で友達も多い。いわゆるスクールカースト上位層。
ところが次第に伊藤くんが、中村くんと周りの男子から「いいヤツ」を言い訳に
使いっ走りにされはじめ、
最初は気が付かなかった気持ちにモヤモヤし始める。
P31・・・・・
「ナカちゃんは、なんでオレと隣になりたいの?」
一瞬きょとんとした中村くんは、あははっ、と笑って言った。
「だって、イトちんって、サイコーにいいヤツだもん。ずっと隣同士でいたいよ」
そんなのあたりまえだろ、という笑顔だった。ぼくも「サンキュー」と言った。
今度は笑顔になっていた、と思う。
でも、ほんとうは、中村くんには別の言葉を言ってほしかった。
友だちだから━━━。
そう言ってくれたら、ぼくは素直に笑えていただろうか。同じだっただろうか。
いいヤツと友だちの違いって、なんだろう。違いなんてないんだろうか。ちゃんとあるんだろうか。
・・・・本文「いいヤツ」より引用・・・・・
一見、いじり・いじめにも発展する?と読んでいてドキドキする。
どうみても、関係性が弱者と強者の図式に見えるから、だ。
けれど、引用した本文を改めて見返し、なぞってpcに打ち込んでみると、
伊藤くんのプライドらしきもの、が垣間見える。
心の中では「ぼく」だが、中村くんに対しては「ナカちゃん」と呼び
自分のことを「オレ」と言っている。
さらには二人のやりとりが自然な“男子あるある”の会話であることで
対等な立場を貫いているように見える。
しかし、一方で伊藤くんの心中は中村くんに対して、それでもモヤモヤが残っている。
あなたにも似たようなご経験があるだろうか。
この小説「いいヤツ」の結末は、しょっぱなから度肝を抜かれた。
「この結末でいいのか?!」と。
読み進め、他の短編も読んでいるうちに、次第に納得した。
自分一人の考えなんてちっぽけなものだ。
どんな人でも声を上げられる時代と同時に
相手を傷つけてしまっている言葉や、
一方的な考えに偏りが起こることも少なくはない。
また問いに「早く返す」ことが美徳とされている事も多いだろう。
立ち止まって状況や相手を静かに待ってみるのも、ひとつの「答え」であり
加えて、悩ましい「問い」を多く抱えるのも、また人間らしさではないだろうか。
今回もまた、重松氏のあたたかい眼差しを感じつつ、
後半戦に迫った子ども達との夏休みを、心穏やかに過ごせるように祈るばかり、だ。