heya-koto

BLOG

2025.07.15それでも付き合う?【ママ友】捨てたもの

 

今も昔も。

普遍的なテーマ。

 

今日は

ママ友の話をしたいと思う。

 

 

ママ友関係で悩んでいないだろうか?

 

バス停で一緒になる話好きママのせいで、帰れない。

子供同士は仲良しだけれど、母同士は心通わない、あのママ。

グループから抜け出したい。自分の気持ちに正直になりたい。

 

 

これ全部、15年以上も大昔の私のこと。

現在、子供が22歳、20歳、16歳、12歳(三男一女)

ママ友、というのは形を変え、友達になっている人もいる。

 

 

今回は就学前の園生活ママに対してメッセージを。

捨てたこと3つ。

自身の4人子育てで悩んだ経験をシェアできればと思う。

 

 

 

1 同調圧力という名の我慢

 

いきなりこれを捨てろ、と?!

と言われるかもしれない。

ハードルが上がるかもしれない。

 

協調性を重んじる文化の、私を含めた我々日本人。

「仲良きことが良し」と刷り込まれて生きてきた。

でもそれを信じ続けていると、無理が祟る。

 

 

今思えば、

無理してグループに入って作り笑いしなくてもよかったし、

気の乗らないレジャーに付き合わなくてもよかったし、

話の輪からさっさと一人切り上げて帰ってもよかったかもしれない。

 

でもできなかった。

 

当時の私は、他人から嫌われたくなかったから。

 

 

一回“振り回されてみる”のも荒療治でいいのかもしれない。

散々無理して付き合ってきたおかげで、数えきれないほどブチキレ?て、学習した。

その後、同調圧力も捨てられた。その代わり、変人扱いではあるが。

 

 

それでも一人では生きていけない。

子育てに他人の力は、ものすご〜〜く大切だ

協調性もなくてはならない。

 

 

協調性がある事と同調圧力は似て非なるもの。

 

無理して付き合っている同調圧力という我慢を

100を70、60くらいに減らしてもいいだろう。

 

 

 

 

2 運命を信じること

 

同じ産院だったから。

同じ園のクラスだから。

同じサークルだから。

 

だから?

何?

 

たまたまの巡り合わせを「運命」と思わないことだ。

 

仮に、自分にとって意味のあるものとすれば、ママ友というのは

「合う」「合わない」相性を見極める訓練材料と思えばいいのだ。

 

 

他人が決めたような、クジで当たったような、不可抗力の“共通項”に一喜一憂しなくていい。

これがわかれば、どうしても合わないあの人と仲が縮まらないのも納得する。

 

 

それに比して

我が子をこの目で見て欲しい。

子供は「自ら友達を選んで」いる。

 

今私にはママ友という人は、いない。

当時のママ友が今の友達に変わる

もちろん自分から仲良くなりたくて選んだ正真正銘の、友達、だ。

 

 

 

 

3 いいお母さん

 

そりゃ、お母さんだもの。

子どもの願いを叶えてあげたい?

 

気乗りはしないが子供が行きたがっているレジャーにも

子供同士が仲が良くても、母同士まで

無理して気の合わないママ友と付き合うことはない。

それなら母子二人で出かけてもいいのだ。

 

それでも子供の笑顔が見たい。

それが一番なら、無理して付き合ってもいい。

ただし、子供に影響がなければ。の話だ。

 

付き合いにどっと疲れ、不機嫌になる。

帰宅した途端、何も悪くない子供に当たる。

「早く食べなさい」「何度も言わせるな」「あぁもうっ!!終わらない」

自作自演の一人舞台もいいところ。

そして被害者である子供が泣く。夫が助ける。

 

それを嫌ってほど経験している。

 

なぁにが、いいお母さんだ。バカじゃないか。

と過去の自分に言いたい。

 

 

「いいお母さん像」があるとすれば、子供を自分を、笑顔にする人間だ。

過去も(今も)私は1ミリも持ち合わせていない。

子どもも自分も「泣いていた」のだ。

 

果てして、子どもも自分も笑顔にするような

そんな親はこの世にいるだろうか?

 

 

現在も不完全ながら、

昔のイライラしていた自分を慰めることだけしかできない。

 

 

みな、同じ。

あなただけではない。